恵人の編16

文字数 464文字

 ところが、瞳に映るその景色は、いつのまにか、がらりと変わっていた。いや景色そのものは何一つ変わってはいないが、少し前までは美しいだけでなく、癒しと温もりさえも与えてくれていたのに、いまはどこか氷のように冷たく感じて見える。
 周りの景色は、押し寄せる不安を和らげてくれるどころか、むしろ不安を煽っていた。
 恵人はその高まる不安から逃れようと、瞳を宮殿の正門に戻した。すると正門の左側の塀から沢山の果実が顔を出していることに、初めて気づいた。
 そこに近づいて見ると、自分の背丈と同じぐらいの150センチ程の白い塀から顔を覗かせていたのは、食べ頃に熟した赤い葡萄の房やマンゴーの果実、そして黄色く熟したバナナだった。「ほら遠慮しないで食べてごらん」と試食を誘うように美味しそうに顔を出していた。
 果実を眼にしていると不安は薄れていき、代わりに食欲が急に増してきた。果実たちの誘いに素直に応じて味見してみたい誘惑に負けて、足を動かしかけた。が、ここはぐっと我慢した。
 がそこに、あの囁き男が、またも耳元に登場してきた。
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