沢口の編13

文字数 490文字

「お兄ちゃん、本当に良かった。お兄ちゃ ん」
 妹が涙を零しながら背中を揺すった。小柄で可愛い顔をしているが、どこか勝気そうな雰囲気を漂わせていた。
「隼人、よく生き返ってくれた。本当に良かった」
 中肉中背の温厚そうな父親は、母親と妹の後ろから感涙の声をかけ、右手の親指で涙を拭っていた。白髪混じりの皺を深く刻んだ顔は、大切な息子を失いそうになって心労が重なったのか? 母親と同じようにかなり憔悴しているように思えた。
「君の両親と妹か?」
 沢口は、悲しい顔をして見つめている隼人の心を気遣い、肩を優しく掴んで訊ねた。
「ええ、僕の両親と妹です。父は安室一郎、母は涼子、中学1年生の妹は幸恵です」
 隼人は零れた涙を手の甲で拭うと、鼻水を吸って答えた。
「そうか、妹は恵人と同級生か。これも何かの縁だな」
「あいつが、僕の妹に手を出したら承知しませんよ」
 恵人を睨みつけて、罵声のような声を飛ばす隼人の横顔に、沢口は眼をやった。
 憤懣を露わにする表情から、次第にひどく悲しげな顔になっていくありさまを眼にして、胸が痛んだ。
 気の毒だが、自分にはどうすることもできない。
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