第11話 まさかの再会

文字数 1,523文字

家基は、【中野定之助】として新たな人生を歩んでいたが、

家治に、真実を告げる事ができないことに苦悩していた。

意次は、家基が希望を失っている事に気づいて、

何とかして差し上げられないかと悩んだ挙句、

家基を本丸に上げ、御小姓を務めて頂くことを思いついた。

「御小姓となれば、否応にも、父上と顔を合わす事になろう。

父上は、私は、既に、亡くなったものと信じておられる。

死んだと思っている者が、他人になりすまして、

目の前に現れたら驚かれるに違いない」
 
 定之助が、【御小姓】を辞退すると言い出した。

「なれど、これ以上、隠しておく事は出来ますまい」
 
 意次は、弱気になっている家基を説得して本丸に仕えさせた。

 本丸に勤仕する様になってしばらくは、見習いだった事もあり、

家治と顔を会わせる事はなかったが、見習い期間が終わり、

上役と共に家治の身辺の世話をする事になった。

意次は、ついに、家治と家基を対面させることにした。

「公方様。会わせたい御仁がござる」
 
 意次は、中奥にいた近習たちに、席を外させると、

御座之間にて家治と対面した。

「御人払いしてまで、会わせたいというのは何者じゃ? 」
 
 家治が、意次のただならぬ気迫に警戒した。

「お入りくだされ」
 
 意次は、中奥に待機していた家基を呼んだ。

家基は、緊張した面持ちで御座之間に入ると、意次の隣に座った。

「父上。久方ぶりにござる」
 
 家基がその場に平伏した。

「余を父上と呼べるのは、一人しかおらぬ。

なれど、家基は、すでにこの世にはおらぬ」
 
 家治が厳しい面持ちで告げた。

「実は、御成の2日後、急遽したのは、

家基様ではなくその替え玉となっていた

中野定之助という部屋住でした。

定之助が、家基様の身代わりのまま、亡くなった事により、

家基様は、身罷ったとされてしまい、

中野定之助として生きる事になったわけにござる」
 
 意次が慎重に経緯を語った。

「中野定之助が、家基の身代わりとなって亡くなり、

家基が、中野に成り代わったと申すか? とうてい、信じられぬ」
 
 家治が、家基を幽霊でも見たかのような恐怖の目で見ると言った。

「父上。信じてくだされ」
 
 家基が、家治の目を見つめると言った。

「証を見せよ。まことに、この者が家基ならば、

右腕に、火傷の痕があるはず」
 
 家治は、家基が幼少のころ、誤って、右腕に火傷したことを覚えていた。

家基は、右腕をまくって火傷の痕を見せた。

「まことに、家基なのか? 」
 
 家治が、家基の顔を両手で包むと顔を近づけた。

「父上、家基にござる」

 家基が感極まって涙を流した。

「公方様。今まで、お伝えできずお許しくだされ。

全ては、それがしの責任にござる。いかなる処罰も覚悟しております」
 
 意次がその場に平伏した。

「余が、建前を気にしなければ家基を

死なせることはなかったと、ずっと、悔いていた。

生きていてくれて礼を申す」
 
 家治が深々と頭を下げた。

「これからは、御小姓の中野定之助として生きようと存じます」
 
 家基がきっぱりと告げた。

「城に戻って来るが良い。宇治之間を明け渡させよう。

あの部屋は、うぬの居所じゃ」
 
 家治が告げた。

「わしは、すでに、この世におらぬことになっています。

いまさら、死んだのは、替え玉だと申したら

混乱を招くだけかと存じます」
 
 家基が首を横にふった。

「殺害予告があったという証は、

定之助の死と共にいずこへ消えました。

定之助が、替え玉となったことを明らかにできませぬ。

家基様には酷なこととは存じますが、

これからも、中野を演じて頂かなければなりませぬ」
 
 意次が神妙な面持ちで言った。

「家基が生きていたのに、跡を継がせることができぬとは何たることか」
 
 家治は、家基を抱き寄せると男泣きした。



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