第48話 孫

文字数 1,211文字

「あの子は、可哀そうな子なのです。

父、意知の死後、家督を継いだものの、

新たに、老中首座に就かれた越中殿のお沙汰により、

領地へ下向する事も、公方様に御目通りする事も叶いませぬ。

その上、従五位以下の官位すら与えてもらえません。

いくら何でも、酷い仕打ちでございます。

父上が、失政を犯したと、陰口を叩かれたせいで、

あの子まで白い目で見られているのです」
 
 お宇多は悔しそうに唇をかんだ。

「聞いてはおらぬ様だが、

私は、田沼派の重鎮、横田準松の罷免を公方様に進言した張本人じゃ。

横田殿は最後まで、主殿頭を支援続け、

御意思を受け継ごうと頑張っておられたのに、

私は、元主への忠誠心で、皆を裏切ったのじゃ」
 
 大崎はお茶を一口飲むと言った。

「いずれは、罷免されただろうと、生前、父上も申しておりました。

大崎局が、悪いわけではございませぬ。

それより、お話ししたい事がございます」
 
 お宇多は、大崎の膝に手を置いた。

 大崎は視線を感じて、横町の方を何気なく見た。

すると、龍助が、大崎の方を見ていた。

「大崎局が、我が家に初めて、お見えになったのは、

あの子が産まれる少し前の事でした。

難産だったと、母上から聞きました。

その後、赤子は、如何なさったのでございますか? 」
 
 お宇多は、大崎の顔をのぞき込むと訊ねた。

「我が子は、もとより、里子に出す事になっておりました故、

行方は存じませぬ。

この手で、1度も抱いてやる事が出来なかった事が、

今でも悔いてなりませぬ」

  大崎がしんみりとした。

「実は、龍助は、兄の実子ではございませぬ。

それを知ったのは、兄が亡くなった後で、

もしや、大崎局が産んだ子が、

龍助ではないかと考え、父に訊ねてみたのです。

なれど、父は答えてくださらなかった」
 
 お宇多が神妙な面持ちで告げた。

「それが、まことならば、主殿頭に感謝せねばならぬ。

私の産んだ子は、産まれてはならぬ子だった故、

あの子の実父の名も明かす事は出来ませぬ」

  大崎は俯き加減で告げた。

「明かせぬ御仁とは、いったい、如何なる何方なのですか? 」

 お宇多は好奇心で訊ねた。大崎は首を横にふった。

「お宇多殿。世の中には、知らぬ方が良い事もありますよ」

「お言いの通りにございます。私とした事が失礼しました。

そろそろ、戻ります。お会いできて嬉しゅうございました。

お達者で」

  お宇多がそそくさと帰って行った。

大崎は、お宇多は、突拍子もない事を言う。

見当違いも良いところだと思った。

生き別れた我が子が、意次の孫であるはずがない。

田沼意次は、我が子と一緒にいては情が移り決心が揺らぐとして、

大崎が寝ている間に、我が子をどこかへ連れて去った薄情な男だ。

せめて、乳をあげたかった。乳房が疼く度、

我が子が、乳を求めて泣いているのではないかと心配になった。

平気で、母子を引き離せる。

大崎は何度も、誰にもらわれたかだけでも知りたいと頼んだが、

意次はとうとう、死ぬまで教えてくれなかった。

 
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