第65話 抵抗

文字数 1,581文字

これより前、定信は、江戸湾等の海防強化と共に

朝鮮通信使の接待の縮小を主張していた。

本来ならば、将軍が就任した時期に、

朝鮮通信使来日となるが、定信は一旦は、

いつも通りの要請を行いながらも、

後になって、3ヶ月後の6月に、

派遣延期要請するため使者を朝鮮へ使者を遣わせた。

しかし、朝鮮側は、派遣延期は、前例がない上、

理由も納得が行かないとして、

一時、使者が偽使扱いされる騒ぎとなった。

朝鮮側は、日本側に質問状を送るが、

幕府は、返答しなかったため交渉は、一旦、お流れとなった。

その事実を知った家斉は何故、

派遣延期をするのだと定信たちを問いただした。

さすがに、定信もこれではいけないと考えたらしく、

寛政3年、幕府は、江戸ではなく対馬での易地聘礼を打診した。

「年来の凶作により、通信使を迎えるのは

負担となるのはわかるが、一度、交渉を止めた手前、

江戸ではなく、対馬でというのは誠意が伝わらぬ」
 
 家斉は、定信を御座之間に呼びつけると不満を訴えた。

「中止ではなく、延期でござる。

朝鮮は、何かにかっこつけて、

幕府を批判したがっているだけに過ぎませぬ。

放っておけば、じきに、大人しくなります」
 
 定信は、朝鮮側の苦情など、どこ吹く風の様子だった。

家斉は、定信が、朝鮮通信使を冷遇するのは、

負担になるからだけではないのではと勘ぐった。

朝鮮側が、対馬における聘礼には従えないが、

一旦、通信使派遣を延期するという回答をしたため、

ひとまず、問題は解決をみた。

 朝鮮通信使派遣の件は定信の意見を通したが、

今回ばかりは何としても実現させたいと家斉は考えた。

「越中殿に伝えずとも、まことに、よろしいのでござるか? 」
 
 定之助は、定信が海防のため

伊豆や相模の海岸を巡視するため、

江戸を発つときをめがけて、

光太夫と磯吉を江戸城に招くという家斉の計画を不安に感じた。

「越中に話せば、真っ向から反対するに決まっとる」
 
 家斉は口をとがらせた。

「越中殿は、赤蝦夷使節を幕府が

受け入れた事が他国に知れれば、

今後は、日本近海を脅かす異国の船が増えるとお考えになり

海防を強化するため自ら巡視に赴かれると申された。

ご立派ではござらんか」
 
 定之助がしみじみと言った。

「うぬは、いつから越中の味方についたのじゃ? 

裏切るとはまかりならぬぞ」
 
 家斉が、定之助を恨めしそうににらんだ。

「公方様、誤解でござる」
 
 定之助、驚いた表情で否定した。

「越中の肩を持ったではないか? それが証じゃ」
 
 家斉が、定之助を横目でにらんだ。

「どうか、わしを信じてくだされ」
 
 定之助は必死に取りすがった。

「くれぐれも、越中には知られぬよう用心して準備を進めよ」
 
 家斉は、本多忠籌や戸田氏教に謁見の準備を任じた。

 しかし、宣諭使を務めた石川忠房に光太夫と

磯吉との連絡役を任じた事が誤算を招いた。

石川は、定信から、保護した漂流民の護送について聞かれて、

うっかり、口を滑らしてしまったのだ。

定信に、計画が漏れたと知った途端、

本多と戸田は急に、及び腰となり中止を願い出た。

「今更、何を申す? 御上意だと着き通せば何て事はなかろう」
 
 家斉が口をとがらせた。

案の定、定信は、光太夫と磯吉が謁見する事を反対した。

定信は、光太夫と磯吉を学のない水夫と見下し、

水夫の分際で、将軍謁見とは恐れ多い話だと鼻であしらった。

 家斉はそれを聞いた時、

かつて、光格天皇が、父の典仁親王に尊号を贈ろうとした時、

家斉も治済に尊号を贈る事を望んだが、

定信が、即刻、却下した事を思い出し沸々と怒りが込み上げて来た。

世間では、定信が首座となって以降の政策は、

武士を主体としたもので、

農民をないがしろにしているとの悪評が広まりはじめていた。

民心を得たいと願う家斉にとって、

光太夫と磯吉を城に招き赤蝦夷について話を聞く事は、

民に親しみやすい将軍と印象づける格好の機会となる。






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