第33話 御内証
文字数 1,632文字
御内証となった御中臈は恐る恐る、顔を上げた。
家斉は、御内証となった御中臈の顔を見るなり、思わず、つばを飲み込んだ。
御内証となった御中臈は、はじめて見る顔だった。
直前まで、お宇多に決まっていたが、急遽、取り消しとなり、
茂姫付の御中臈の中から幕臣の
平塚為喜の娘のお万が選ばれたのだった。
「その方、名は、何と申す? 」
家斉が咳払いして言った。
「お万と申します」
お万はうつむき加減で答えた。
どうやら、大崎が頑張って、お宇多が
御内証になる事を阻止したらしい。
家斉は、お宇多とは似ても似つかない
別人であった事に安堵したが、少し、がっかりした。
家斉は、お万の背中に手をまわした時、
誤って背中の肉をつかんでしまった。
とっさに、身を引いたお万と目が合い気まずい雰囲気となった。
お万は、生母の於富に似て肩幅が広く大柄だが、
於富と違う点がただひとつあった。
翌朝、目を覚ますと、隣に眠っているはずのお万の姿はなかった。
家斉が、雀の鳴き声を頭の向こうで聞きながらまどろんでいると、
高丘が、枕元に座った。
「上様。お目覚め よろしゅうございます」
高丘の声が頭上に聞こえた。
「お万の姿が見えないが、何処へ消えた? 」
家斉は、着物に袖を通すと周囲を見渡した。
「上様がお目覚めになる前に、退出する掟通り、
夜明け前に下がらせました。
昨夜の御褥は、如何でございましたか? 」
高丘が、家斉の顔をのぞき込むと訊ねた。
「万事上手く行った」
家斉は顔を赤らめた。
「やけに、静かでしたが、無事に事は済ませたのでございますか? 」
高丘は、あけすけに秘め事の様子を聞いて来た。
「たわけ者。何故、左様な事までそちに報告せねばならぬ? 」
家斉は口をとがらせた。
「これも、私の務めにございます。
どうか、お気を悪くなさらないで頂きたい。
此度の相手は、上様に、御褥の作法をきちんと、
指南出来る女人を選びましたが、
上様とはあまり、相性がよろしくなかったように見受けました。
上様の御好みをお教え頂ければ、出来るだけ、
お好みに添うような女子を選ぶように致します」
高丘が穏やかに告げた。
「ところで、お宇多は、如何したのじゃ? 」
家斉はそれとなく訊ねた。
「何故、上様が、お宇多の事をご存じなのでございますか? 」
高丘が目を丸くして訊き返した。
「大崎から、御内証の人相書を見せられた故、
あの娘を選んだのじゃ。そちが推挙したと聞いたぞ」
家斉がぶっきらぼうに答えた。
「実は、身元に不都合あり、
お召し出しを取り止めたのでございます」
高丘は、気まずそうに答えた。
「さよか。不採用になったならば仕方がなかろう」
家斉は、複雑な気持ちになった。
意次の娘が、御内証というのも、おかしなものだが、
お宇多は、家斉の好みの女だったので、
会って話しがしてみたいと期待もしていた。
治済は、何時、訪ねても家斉が不在な事を不審がるが、
ほぼ、意次の引退が決まった事もあり安心しきっていた。
田沼派の幕臣らの間でも、保身の為、
意次と縁を切る者と大奥と結託する者とに分裂がはじまった。
老中の水野忠友は、水野家の養子とした
田沼意次の四男、意正との養子縁組を解消して実家に戻らせた。
水野忠徳と名乗っていた意正は、母方の姓を称して、
「田代玄蕃」に改名を余儀なくされた。
その一方で、大老の井伊直幸は、
同族で若年寄の井伊直朗と共に、
大奥の御年寄と結ぶと同時に、代替りの後も留任出来るようにと、
老中や御側御用取次達に賄賂を贈った。
「上様。民部卿から、書状が届いております」
定之助は手つかずの書状の山を横目に、
今朝、届けられた書状を手渡した。
「後で目を通す故、それへ」
家斉は、未開封の書状の山に加えるようあごで指図した。
「上様。何故、民部卿からの書状を後回しになさるのでござるか? 」
定之助はめずらしく、難しい表情をしながら、
書状を書く家斉に訊ねた。
「読まぬとは申しておらぬ」
家斉は、書き終えた書状を折りたたむと答えた。
家斉は、御内証となった御中臈の顔を見るなり、思わず、つばを飲み込んだ。
御内証となった御中臈は、はじめて見る顔だった。
直前まで、お宇多に決まっていたが、急遽、取り消しとなり、
茂姫付の御中臈の中から幕臣の
平塚為喜の娘のお万が選ばれたのだった。
「その方、名は、何と申す? 」
家斉が咳払いして言った。
「お万と申します」
お万はうつむき加減で答えた。
どうやら、大崎が頑張って、お宇多が
御内証になる事を阻止したらしい。
家斉は、お宇多とは似ても似つかない
別人であった事に安堵したが、少し、がっかりした。
家斉は、お万の背中に手をまわした時、
誤って背中の肉をつかんでしまった。
とっさに、身を引いたお万と目が合い気まずい雰囲気となった。
お万は、生母の於富に似て肩幅が広く大柄だが、
於富と違う点がただひとつあった。
翌朝、目を覚ますと、隣に眠っているはずのお万の姿はなかった。
家斉が、雀の鳴き声を頭の向こうで聞きながらまどろんでいると、
高丘が、枕元に座った。
「上様。お目覚め よろしゅうございます」
高丘の声が頭上に聞こえた。
「お万の姿が見えないが、何処へ消えた? 」
家斉は、着物に袖を通すと周囲を見渡した。
「上様がお目覚めになる前に、退出する掟通り、
夜明け前に下がらせました。
昨夜の御褥は、如何でございましたか? 」
高丘が、家斉の顔をのぞき込むと訊ねた。
「万事上手く行った」
家斉は顔を赤らめた。
「やけに、静かでしたが、無事に事は済ませたのでございますか? 」
高丘は、あけすけに秘め事の様子を聞いて来た。
「たわけ者。何故、左様な事までそちに報告せねばならぬ? 」
家斉は口をとがらせた。
「これも、私の務めにございます。
どうか、お気を悪くなさらないで頂きたい。
此度の相手は、上様に、御褥の作法をきちんと、
指南出来る女人を選びましたが、
上様とはあまり、相性がよろしくなかったように見受けました。
上様の御好みをお教え頂ければ、出来るだけ、
お好みに添うような女子を選ぶように致します」
高丘が穏やかに告げた。
「ところで、お宇多は、如何したのじゃ? 」
家斉はそれとなく訊ねた。
「何故、上様が、お宇多の事をご存じなのでございますか? 」
高丘が目を丸くして訊き返した。
「大崎から、御内証の人相書を見せられた故、
あの娘を選んだのじゃ。そちが推挙したと聞いたぞ」
家斉がぶっきらぼうに答えた。
「実は、身元に不都合あり、
お召し出しを取り止めたのでございます」
高丘は、気まずそうに答えた。
「さよか。不採用になったならば仕方がなかろう」
家斉は、複雑な気持ちになった。
意次の娘が、御内証というのも、おかしなものだが、
お宇多は、家斉の好みの女だったので、
会って話しがしてみたいと期待もしていた。
治済は、何時、訪ねても家斉が不在な事を不審がるが、
ほぼ、意次の引退が決まった事もあり安心しきっていた。
田沼派の幕臣らの間でも、保身の為、
意次と縁を切る者と大奥と結託する者とに分裂がはじまった。
老中の水野忠友は、水野家の養子とした
田沼意次の四男、意正との養子縁組を解消して実家に戻らせた。
水野忠徳と名乗っていた意正は、母方の姓を称して、
「田代玄蕃」に改名を余儀なくされた。
その一方で、大老の井伊直幸は、
同族で若年寄の井伊直朗と共に、
大奥の御年寄と結ぶと同時に、代替りの後も留任出来るようにと、
老中や御側御用取次達に賄賂を贈った。
「上様。民部卿から、書状が届いております」
定之助は手つかずの書状の山を横目に、
今朝、届けられた書状を手渡した。
「後で目を通す故、それへ」
家斉は、未開封の書状の山に加えるようあごで指図した。
「上様。何故、民部卿からの書状を後回しになさるのでござるか? 」
定之助はめずらしく、難しい表情をしながら、
書状を書く家斉に訊ねた。
「読まぬとは申しておらぬ」
家斉は、書き終えた書状を折りたたむと答えた。
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