第53話 渦

文字数 1,275文字

中国の漢代、文帝の皇子の梁の孝王が、

庭園に竹を多く植えて修竹苑と名付けた故事から、

竹の園生を親王や皇族の連語としたそうだ。

竹に雀は、中御門家の家紋。

竹の園生の言葉と重ねえ考えると、

中御門家の皇族を示すと考えられます。

本堂の屋根に隠れる日というのも気になる。

日は、天照大神の皇子すなわち、天子を示し、

日が隠れると言うのは、

帝がお隠れになるという意味もあります。

狩野は、興奮気味に語った後、定信にズバリ訊ねた。

「中御門家の皇族を出白とする帝が

崩御された事を示すのではないでしょうか?  」

「そうか、わかったぞ。この絵は、閑院宮家を出白とする

御二方を後見役として、光格帝が即位成された事により

中御門家の皇統が途絶えた事を示しているのじゃ。

それにしても、何故、公方様は、

このような意味を持つ掛け軸をお持ちなのじゃ? 

公方様は、将軍世子の時代、皇族と近しい間柄の

水戸徳川家の鶴千代君と仲がよろしかった。

もしや、鶴千代君にそそのかされて、

勤王家に肩入れしておられるのではあるまい」
 
 定信は、京都の大火事により炎上した御所の再建について、

家斉が、老中たちの意見を聞かずに独断で、

光格天皇の申し入れを受けた事を思い出し、

家斉に疑惑の目を向けた。

定信に、勤王家の味方だと疑われている事はつゆ知らず、

家斉は、定信が、老中首座に就いてから政務から遠ざかっていた。

気が楽と思う事もあったが、同時に、このまま、

政務を委ねて傍観していたら能なしの将軍だと

世間から思われやしないかと不安に思っていた。

治済は、定信が、幕政を取り仕切るようになっても、

相変わらず、幕政に干渉していたが、

御所の再建問題以後、登城を控えていた。

毎日、日課の様に登城し、家斉が忙しかろうがかまわず、

拝謁を願い出ていた治済が、ここに来て姿を見せない事に、

さすがに、変だと気づいた家斉は、

一橋家の家老宛てに書状を送り、

それとなく、治済の近状を伺った。

しかし、家老から返事はいっこうに来る気配がなく、

家斉はいら立ちを募らせた。

「ええぃ。待ってなんぞいられぬか。

この眼で、父上の安否を確かめねば気が済まぬ」

  ついに、家斉はしびれを切らした。

「公方様。如何なされましたか? 」

「此度は、何方へ、御出でにござるのか? 」
 
 あわてたのは近習たちだ。

朝から、けわしい表情で考え込んでいたかと思えば、

昼寝の最中に飛び起きて、突然、身支度をはじめたのだ。

「定之助。ついて参るが良い」
 
 家斉は、厠から戻った定之助を捉まえると命じた。

定之助はわけが分からぬまま、

家斉にお供して城をあとにした。

「生家へお帰りになるのは、何年ぶりでございますか? 」
 
 定之助は、一橋家の屋敷の門まで来るとおかしな質問をした。

「将軍世子となり、西丸御殿に遷って以来、門はくぐっておらぬ」
 
 家斉は考え深げに屋敷を眺めた。

「妙ですな。門は、固く閉じられて、

何度、門戸を叩いて声を上げても、

何方もお出にならぬと言うのに、

庭の方から何やら物音が聞こえます」
 
 定之助が首を伸ばして言った。

「そちが庭を見て参れ」
 
 家斉は、定之助に庭を見に行かせた。

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