第6話 義父からの贈り物
文字数 1,159文字
「先日、中野の屋敷の前を通りかかった折、
献残屋の手代が、贈答品とおぼしき品々を積んだ第八車を引き、
屋敷から出て来るのを見かけました。
中野が、贈答品を引き取らせるために、献残屋を呼んだのでしょう。
ざっと見ただけでも相当な数でした。
大方遊び金ほしさに献残屋に贈答品を売ったのでござろう」
意次が忌々し気に言った。
「定之助は、元服まで、大奥暮らしをしていた上に、
今では、大奥女中の礼儀作法指南役となったそうな。
おおかた、御年寄の誰それが、
献上品を中野家に下げ渡したのではないのか」
家斉がぶっきらぼうに言った。
「なるほど」
意次が言った。
「話はそれだけか? 」
家斉が訊ねた。
「明後日、大事な対局がある故、
大納言様にも見届けて欲しいと
公方様より、こと遣ってまいりました」
意次が告げた。
「此度は、何者と対局なさるのじゃ? 」
家斉が訊ねた。
「日本一の将棋指しで、御好と呼ばれている9代宗桂が、
公方様の対局相手を務めます。両者は、此度の対局の為、
寝る間も惜しんで新たな戦法をお考えになられております故に、
見逃せない対戦となりましょう」
意次が答えた。
「五代宗印と共に、足袋の着用や将棋掛を役職にするよう、
御上に、上奏するなど、出過ぎた真似をして、
たいそう、ひんしゅくを買ったと聞いたが、
どうやら、公方様の逆鱗には触れなかったようじゃな」
家斉は、将棋に興味がなかったが、御城将棋を通じて、
家治と親密な付き合いをしている9代宗桂や
5代宗印を妬ましく思っていたので彼らの申し出が、
幕府に拒まれたと知りいい気味だと思った。
「明後日、総触れの後、黒書院へお越しくだされ」
意次が頭を下げると告げた。
明後日、家治と9代宗桂との対局が行われた。
対戦の間、9代宗桂は、振り飛史の美濃囲い、
左美濃、相居飛車のひねり飛車や空中戦法など、
新たにあみだした指し方を披露して場を沸かせた。
途中、家治が考え込む場面も見られたが、
後半は、家治が優勢となりこの対戦は、家治の勝利で幕を閉じた。
「いつもながら、公方様の見事な腕前には感服仕った」
9代宗桂は、対局の後、家治を褒めちぎった。
「何を申す? そち程の好敵手は、他にはおらぬわい」
家治は、褒められて、まんざらでもない様子に見えた。
家斉も、気がつくと、手に汗握る対局に不思議と引きつけられていた。
「公方様。次は、わしとお手合わせ願います」
家斉は、家治の御前に進み出ると願い出た。
「あれを持って参れ」
家治は、近習達に、奥から将棋盤を運ばせた。
「もしや、公方様御愛用の将棋盤を頂けるのでござるか? 」
家斉は、運び込まれた立派な将棋盤に、思わず、駆け寄った。
樹齢百年の樹を切り出した丸太で作った逸品である。
「余と勝負したければ、修練を積まねばならぬ」
家治は言った。
献残屋の手代が、贈答品とおぼしき品々を積んだ第八車を引き、
屋敷から出て来るのを見かけました。
中野が、贈答品を引き取らせるために、献残屋を呼んだのでしょう。
ざっと見ただけでも相当な数でした。
大方遊び金ほしさに献残屋に贈答品を売ったのでござろう」
意次が忌々し気に言った。
「定之助は、元服まで、大奥暮らしをしていた上に、
今では、大奥女中の礼儀作法指南役となったそうな。
おおかた、御年寄の誰それが、
献上品を中野家に下げ渡したのではないのか」
家斉がぶっきらぼうに言った。
「なるほど」
意次が言った。
「話はそれだけか? 」
家斉が訊ねた。
「明後日、大事な対局がある故、
大納言様にも見届けて欲しいと
公方様より、こと遣ってまいりました」
意次が告げた。
「此度は、何者と対局なさるのじゃ? 」
家斉が訊ねた。
「日本一の将棋指しで、御好と呼ばれている9代宗桂が、
公方様の対局相手を務めます。両者は、此度の対局の為、
寝る間も惜しんで新たな戦法をお考えになられております故に、
見逃せない対戦となりましょう」
意次が答えた。
「五代宗印と共に、足袋の着用や将棋掛を役職にするよう、
御上に、上奏するなど、出過ぎた真似をして、
たいそう、ひんしゅくを買ったと聞いたが、
どうやら、公方様の逆鱗には触れなかったようじゃな」
家斉は、将棋に興味がなかったが、御城将棋を通じて、
家治と親密な付き合いをしている9代宗桂や
5代宗印を妬ましく思っていたので彼らの申し出が、
幕府に拒まれたと知りいい気味だと思った。
「明後日、総触れの後、黒書院へお越しくだされ」
意次が頭を下げると告げた。
明後日、家治と9代宗桂との対局が行われた。
対戦の間、9代宗桂は、振り飛史の美濃囲い、
左美濃、相居飛車のひねり飛車や空中戦法など、
新たにあみだした指し方を披露して場を沸かせた。
途中、家治が考え込む場面も見られたが、
後半は、家治が優勢となりこの対戦は、家治の勝利で幕を閉じた。
「いつもながら、公方様の見事な腕前には感服仕った」
9代宗桂は、対局の後、家治を褒めちぎった。
「何を申す? そち程の好敵手は、他にはおらぬわい」
家治は、褒められて、まんざらでもない様子に見えた。
家斉も、気がつくと、手に汗握る対局に不思議と引きつけられていた。
「公方様。次は、わしとお手合わせ願います」
家斉は、家治の御前に進み出ると願い出た。
「あれを持って参れ」
家治は、近習達に、奥から将棋盤を運ばせた。
「もしや、公方様御愛用の将棋盤を頂けるのでござるか? 」
家斉は、運び込まれた立派な将棋盤に、思わず、駆け寄った。
樹齢百年の樹を切り出した丸太で作った逸品である。
「余と勝負したければ、修練を積まねばならぬ」
家治は言った。
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