第10話 白と黒
文字数 1,354文字
天明の大飢饉の発生は、幕政に大きな打撃を与えた。
一時、景気が上回ったかのように見えたが、
実際は、幕府に運上金や冥加金の上納のためと見せかけ、
実は、私腹を肥やす事が目的の献策を行う悪徳商人を増加させることとなった。
幕閣内での昇進を目論み悪徳商人の献策を採用していく幕府役人が現れて、
町人と幕府役人との癒着が浮き彫りとなった。
そんなある日のことだ。意次は市中の寄席で、
興味深い落語が上演されていると聞いて、
意知を連れて市中の巡検がてら聞きに行った。
「なんでも、この落語は等順と申す善光寺の僧が
被災地に赴き被災者らに施しをした逸話が元になっているようですよ」
開演前、意知は、事前に調べたうんちくを披露した。
寄席は満員御礼で立ち見客まで出るほどの大盛況ぶりであった。
見物人は皆、落語に聞き入っていた為、
市中でも有名な田沼父子がいることに気づく者はいなかった。
幕が閉じると、山伏の姿をした男たちが
姿を見せて客席をまわり小さな封筒を配りはじめた。
「そこのもの。何を配っておる? 」
意知は、小さな封筒を配っていた
山伏の姿をした男を捉まえると訊ねた。
「これのことですかい? この中にはお血脈の判を押した
ありがたい御札が入っていまして、これを肌身離さず持っていれば
どんな悪党でも極楽浄土に旅立てると言われています」
山伏の姿をした男が、意知に小さな封筒を見せると言った。
「2つもらおう。いくらじゃ? 」
意知は、懐に手を入れながら訊ねた。
「これも寄席の見物料に含まれております故、お代はけっこうです。
見物料の一部は、被災者の復興支援に使われます」
山伏の姿をした男は、意次を見ながら言った。
「それを聞いて、尚のことタダではもらえぬ。
これも被災者の救援にまわすが良い」
意知は、町人に気前良くチップを手渡した。
「そこまでおっしゃるのでしたら、
こちらとしても無下に断ることはできません。
御布施として頂戴致します」
山伏の姿をした男が、ニヤニヤしながらチップを受け取った。
「判を押しただけの紙切れが、
悪党まで極楽浄土に導くとなど
馬鹿げた話じゃ。とうてい信じられぬ」
意次は、お血脈の判を押した御札の受け取りを拒んだ。
「寄席に来たお客さんは皆、喜んでもらっていきますがね」
山伏の姿をした男は決り悪そうに言った。
「御仏を信じれば救われるというのは、
何もせず不満ばかり申す庶民の言い訳じゃ」
意次はキッパリと告げた。
「賂をもらって不正を働くお役人様は悪党じゃねぇのかい? 」
山伏の姿をした男が反論した。
「意知。帰るぞ」
意次は、山伏の姿をした男を無視し席を立ち出口へ向かった。
「ちょいと待っておくんな。
以前、どこかで会ったことはねぇか? 」
山伏の姿をした男は、意次の背中に向かってさけんだが、
意次が、それに応えることはなかった。
小屋の外では、読売がビラを配っているのが見えた。
ビラには、意次を誹謗中傷する文が書いてあった。
市中に立つと、そこら中から幕政に対する不満や
意次をはじめ幕閣の重臣たちに対する心無い噂や批判が聞こえた。
不満を持っているのは、庶民だけに限らず、
諸大名、旗本、御家人に至るまで幕府に厳しい目を向けていた。
それを示すように、連日のように、
各地から多くの意見書が幕府に届けられた。
一時、景気が上回ったかのように見えたが、
実際は、幕府に運上金や冥加金の上納のためと見せかけ、
実は、私腹を肥やす事が目的の献策を行う悪徳商人を増加させることとなった。
幕閣内での昇進を目論み悪徳商人の献策を採用していく幕府役人が現れて、
町人と幕府役人との癒着が浮き彫りとなった。
そんなある日のことだ。意次は市中の寄席で、
興味深い落語が上演されていると聞いて、
意知を連れて市中の巡検がてら聞きに行った。
「なんでも、この落語は等順と申す善光寺の僧が
被災地に赴き被災者らに施しをした逸話が元になっているようですよ」
開演前、意知は、事前に調べたうんちくを披露した。
寄席は満員御礼で立ち見客まで出るほどの大盛況ぶりであった。
見物人は皆、落語に聞き入っていた為、
市中でも有名な田沼父子がいることに気づく者はいなかった。
幕が閉じると、山伏の姿をした男たちが
姿を見せて客席をまわり小さな封筒を配りはじめた。
「そこのもの。何を配っておる? 」
意知は、小さな封筒を配っていた
山伏の姿をした男を捉まえると訊ねた。
「これのことですかい? この中にはお血脈の判を押した
ありがたい御札が入っていまして、これを肌身離さず持っていれば
どんな悪党でも極楽浄土に旅立てると言われています」
山伏の姿をした男が、意知に小さな封筒を見せると言った。
「2つもらおう。いくらじゃ? 」
意知は、懐に手を入れながら訊ねた。
「これも寄席の見物料に含まれております故、お代はけっこうです。
見物料の一部は、被災者の復興支援に使われます」
山伏の姿をした男は、意次を見ながら言った。
「それを聞いて、尚のことタダではもらえぬ。
これも被災者の救援にまわすが良い」
意知は、町人に気前良くチップを手渡した。
「そこまでおっしゃるのでしたら、
こちらとしても無下に断ることはできません。
御布施として頂戴致します」
山伏の姿をした男が、ニヤニヤしながらチップを受け取った。
「判を押しただけの紙切れが、
悪党まで極楽浄土に導くとなど
馬鹿げた話じゃ。とうてい信じられぬ」
意次は、お血脈の判を押した御札の受け取りを拒んだ。
「寄席に来たお客さんは皆、喜んでもらっていきますがね」
山伏の姿をした男は決り悪そうに言った。
「御仏を信じれば救われるというのは、
何もせず不満ばかり申す庶民の言い訳じゃ」
意次はキッパリと告げた。
「賂をもらって不正を働くお役人様は悪党じゃねぇのかい? 」
山伏の姿をした男が反論した。
「意知。帰るぞ」
意次は、山伏の姿をした男を無視し席を立ち出口へ向かった。
「ちょいと待っておくんな。
以前、どこかで会ったことはねぇか? 」
山伏の姿をした男は、意次の背中に向かってさけんだが、
意次が、それに応えることはなかった。
小屋の外では、読売がビラを配っているのが見えた。
ビラには、意次を誹謗中傷する文が書いてあった。
市中に立つと、そこら中から幕政に対する不満や
意次をはじめ幕閣の重臣たちに対する心無い噂や批判が聞こえた。
不満を持っているのは、庶民だけに限らず、
諸大名、旗本、御家人に至るまで幕府に厳しい目を向けていた。
それを示すように、連日のように、
各地から多くの意見書が幕府に届けられた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)