第12話 先見の明

文字数 2,032文字

天明4年、春。田沼意次の嫡子、意知は、若年寄と将軍側近を兼ね、

意次の後継者として、家治はもちろん、

幕閣の重臣たちから信頼を得つつあった。

意次は、意知の才覚を認めていくつかの政策を任せていた。

 そんなおり、意次は、忙しい合間を縫って、

久し振りに、狩野邸を訪れた。

茶と菓子を楽しみながら歓談が始まったが、

いつしか、話題は幕政に移行した。

「長崎交易を拡大する施策は、ちと、早まった気が致す」
 
 意次は珍しく弱気だった。

「何故、早まったとお考えなのですか? 」
 
 狩野が慎重に訊ねた。

「意知が、輸出を拡大するためには、

大きな廻船が要ると言い出した故、交渉を任せる事にしたのだが、

色々、問題が起きて頓挫しそうなのじゃよ」

  意次の表情は、残念がっているようには見えなかった。

「たしか、カピタンに、船大工と技師の派遣を頼んだのでしたよね? 」
 
 狩野が慎重に訊ねた。

「何故だか、ティチングは、船大工に余裕がないと断って来た。

日本人を現地へ赴かせる対案を出したが、

鎖国令を理由にまたもや、断られたわけじゃ」
 
 意次が大きなため息をついた。

「妙ですね。ティチングは、江戸参府の折には、

蘭学者や蘭癖大名らと積極的に交流して、

見聞を深めていると言いますし、

堂々と、幕府と交渉できるまたとない

好機を逃すはずがないと存じますが」
 
 狩野が厳しい面持ちで言った。

「恐らく、オランダと英国が戦の最中だというのが、まことの理由でござろう。

とりあえず、洋式船の設計図等を日本へ送る事でかたをつけた」
 
 意次が浮かない表情で言った。

「その顔は、何か、心配事でもおありのようですな。

私でよろしければ、お話しをお伺いしますが」
 
 狩野が身を乗り出すと言った。

「話せば、そちにも迷惑がかかる」
 
 意次が失笑した。

「我らの間に、隠しごとなど水くさいではありませんか」
 
 狩野が言った。

「意知が、長崎へ赴いた折、妙な話を耳にしたと

言いあることを調べ出したわけじゃ」
 
 意次が、顔を近づけると小声で言った。

「あることとは何ですか? 」
 
 狩野がつられて小声で訊ねた。

「隠し金じゃよ」
 
 意次が小声で答えた。

「隠し金とな? 」

  狩野は思わず、つばをごくりと飲み込んだ。

「それがしも、最初は信じられなかったがある所にはあるらしい。

西国大名は、関ケ原の戦以降、幕閣の要職にも就けず、

国役や御普請がある度、駆り出されるため、

借金がかさんで財政は傾くばかりだという。

なれど、その中でも藩政改革に成功して、

見事、藩の財政を立て直した逸材もおるそうな」
 
 意次が神妙な面持ちで語った。

「隠し金を持っているのは、いったい、どなたなのですか? 」

「意知が、事情を知る者を見つけたと申していた。

近じか、その者と対面する様じゃ」

「まずは、公方様にお話なさってはどうかと? 

その隠し金が、倒幕運動のためだとすれば一大事ではないですか? 」

「故に、公方様には、はっきりするまで申さぬ所存じゃ」

 その後、意次は足早に、狩野邸を出て行った。

 意次は、密かに幕府へ献上された蘭書の影響を受けて

蘭学者たちと積極的に交流するようになっていた。

蘭学者たちの中には、安永7年、6月に、赤蝦夷船が、

蝦夷地に来航し松前藩に通商を迫る事件が起きて以来、

諸外国の日本への進出に対する海防論を説く者がいた。

工藤平助、林子平、本多利明、そして、佐藤信淵などは、

赤蝦夷の南下を防ぐためには、幕府が、蝦夷地を開拓して

その経営に着手すべきとする積極論を説く一方で、

中井竹山や中井履軒は、蝦夷地は、国境外の僻地であり

そのような未開地を開発経営することは、

むやみに、国力を消耗するだけであるとの消極論を説いた。

 さらに、積極論者の中に、主戦論を主張する蒲生君生や

攘夷論を主張する水戸派がいた。

築地の工藤の屋敷には、患者となった数多くの大名や

その藩士、伊達重村及び伊達家中の者たち。

医師で蘭学者の桂川甫周や前野良沢をはじめとする

著名な蘭学者・仙台藩士で絶世論家の林子平。

勤王家の高山彦九郎・南学派の儒者で国学者の士谷好井(谷万六)。

賀茂真淵に師事した国学者で歌人の村田春海など

多くの文人墨客が出入りしていた。

工藤平助は、赤蝦夷人を【赤蝦夷】と呼び、

赤蝦夷の南下を警告し、開港交易と蝦夷地経営を説いた

【赤蝦夷風説考】や密貿易を防ぐ方策を説いた「報国以言」を著した。

井上伊織が、ある時、【主君が、富も禄も官位も申し分ないのに、

後世に残る様な大事業を望んでいるのだ】と、

工藤に相談を持ちかけたところ、工藤は、蝦夷地を開拓し、

日本の領地として貢租を取ることこそ後世に残る大業だと提案した。

 蝦夷地を治める松前藩は、過去に、

国後や択捉など・39の島々を描いた自藩領地図を幕府に献上し、

十州島・唐太・千島列島・勘察加は、

松前藩領であると幕府に対して報告している。

国後や択捉の首長たちが、松前藩主を訪ね献上品を贈っていることから、

松前藩と国後や択捉とが、友好関係であることがうかがえる。



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