15節「明日を照らす光 7」
文字数 3,266文字
机の上にはティーカップが2つ。
蓮夜さんと話をしていたようです。
嘘ではないことが十分に伝わるはず。
お母さんは夢月くんから手を放し、
涙を堪えて深々とお辞儀をしてくれました。
椅子から立ち上がって少し笑いました。
そのまま2人でお店の外へ。
恐らく、ヨウタくんの夢の世界で
起きたことを話すのでしょう。
私たちは彼女に、伝えなければならないことがあります。
ヨウタくんが夢魔に憑かれた理由……。
それを彼女に分かってもらわないと、ヨウタくんの身に同じ不幸が降りかかってもおかしくないのです。
耳を傾けてくれています。
しかし……その顔が醸す空気は完全なる"無"。
怒るでも嘆くでも耽るでもなく、
人形のような顔で目線の先を見詰めています。
一瞬だけ、右の眉毛がピクりと跳ねたような気がします。
次第に涙が溜まり彼女の顔を歪ませます。
やがて声も少しずつ震え始め、
語尾は掠れてほとんど聞こえなくなりました……。
彼女は私たちに訴えかけました。
「お前たちに何が分かる」
そんな言葉を必死で飲み込んでいるのが、
彼女の言葉と表情から伝わってきます。
何も言えない。何もできない。
彼女が抱えている闇の深さを、
私は想像し切れていなかった。
その不甲斐なさだけで胸が一杯になって、
どうすることもできませんでした。
でもこのままじゃヨウタくんは……。
何となく、今の彼なら答えを出せるのではないか、
無責任にもそう思えてしまったからです。
夢月くんは提案を口にしました。
置かれている状況も違う。
普通に考えれば、夢月くんの言葉は
絶対に彼女の心には届かないはずです。
彼女に伝えようとしていませんでした。
ただ「自分は貴女の力になりたい」と、
その気持ちを前面に出して、決して彼女の在り方を否定しないように言葉を紡いでいきます。
でも宿る気持ちが本物ならば、届くものもある。
2人の気持ちを聴いた夢月くんだけが
かけられる、柔らかい言葉。
それが彼女の心を包んで行くのが、
その表情から分かりました。
ほんの少しの沈黙が流れます。
お母さんが何かを言いたそうに、
でも言いたくなさそうに口をパクパクさせていると……
ヨウタくんが出てきました。
お母さんの大きな声を聞いて、
動かずにはいられなかったのでしょう。
ヨウタくんは嬉しさに顔を歪ませ泣きそうになりながらも、しっかりとした声でお母さんに喋り始めました。
そのままの体勢で彼の話に耳を傾けます。
顔をお母さんの肩の辺りに埋めました。
お母さんにはその顔を見せようとせずに、
必死で自分の気持ちを伝え続けます。
自分の息子の正直な気持ち。
それを知ったお母さんは――
嗚咽を上げて涙を流し始めました。
そう言わんとするように……。
釣られるように声を上げて泣きました。
そしてそれこそがきっと……ヨウタくんがずっとしたくてもできなかった、「お母さんに甘える」ということの第一歩だったのだと私は思います。
これで本当に本当に……
最高のハッピーエンドです。
私は思った通りの言葉を返します。
お母さんに夢月くんがあの言葉をかけられなかったら、私たちはきっとこの結末を迎えられなかった。
そう思えるほどにこの一件は複雑で、一瞬の選択が明暗を分けることの連続でした。
導いた夢月くんは本当にすごい。
それを……
全てを見届けた私は知っています。
こうしてヨウタくんの治療という
長い長い戦いが幕を閉じました。
何度もくじけそうになる時があったけど、みんなで
乗り越えることができて本当に良かったです!
生まれ変わった夢うさぎ亭はこれからも、
"4人"で一生懸命頑張ります!
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