5節「君のこと、本気にさせてみたい 3」

文字数 1,857文字

紫吹さん……?
……少しだけ我慢して。

強く……するから。

はい……ッ……!!
最初痛んでいた部分から、

徐々に痛みが全身に拡がって行きます。


今まで感じたことがないような鈍く拡がる痛みは、

ドクンドクンと心臓の辺りに影を落として行きました。


これが心とリンクした身体の痛み……。

痛い?

ごめんね。

けど良い感じ。

大分解れてきた。あともう少し……。

紫吹さん……なんか……
紫吹さんのおかげで痛みが和らいできたと思ったら……

一気に身体から力が抜け、意識が朦朧とし始めました。


このまま夢の世界に行くのだと……思います……。

良いよ。

そのまま僕に心を委ねて。

はい……。
うん、夢の世界で落ち合おう。
――――――――
ん……
……ようこそ、夢の世界へ。

と言っても、さっき見たばかりだと思うけど。

目が覚めると眼の前に拡がっていたのは、

先ほどと同じような光景でした。


……でも心なしか、宝生さんの時より

全身の感覚が鈍い気がします。

僕は吏星ほど広く綺麗な空間は作れないから、夢魔がいるところだけを狙って現出してる。近くに夢魔の親玉がいるはずさ。
親玉…………

僕のそばから離れないでね。

……夢魔は精神が安定し出した君のことを直接狙ってくるはずだから。

はい……

宝生さんが捕まえていた夢魔は身体も小さく、

私には力も弱そうに見えました。


でもその夢魔の討伐に改めて出てきたのは

戦いが得意らしい紫吹さん。


そして"親玉"という言葉……。

想像しているより、何か恐ろしいものが出てきてしまう予感がします……。

……そんなにぎゅっとしなくても良いんだけどね。
え!

あ、ごめんなさい!

気付くと私は、恐ろしさのあまり紫吹さんを背中から抱きしめてしまっていました……は、恥ずかしい……。
フフ、本当可愛い子だねぇ。

それとも夢の世界だから、ちょっと大胆なことしても良いと思ってる?

それってどういう……?

君の僕を見る目はさ、なんか他の子とは違うなって思ってたんだよね。

何て言うか、少なくとも僕に好意を持っているようには見えなかった。

…………。
私が紫吹さんに好意……?

そんなの持ってるわけがない。


だって私が紫吹さん――いえ、夢うさぎの3人を通して見ていたのは、自分自身の姿だったから。

…………私は……

何も持っていない自分を、人に合わせることでしか生きられない自分を受け入れられなくて……。


ただ"皆に好かれる存在"に自分もなれたらと、ありもしない妄想に浸っていただけだったんです。


そんな弱い自分への負の感情が、紫吹さんの言葉をキッカケに、止めようもなく私の心を覆いました。

別に僕は、誰かに好きになってもらいたいとか思ってるわけじゃない。


……けど、君みたいな何とも思ってないって顔で見てくる奴のことは――

!!
紫吹さんは、そんな私の気持ちを知ってか知らずか、急に私の唇に自分の唇を重ねてきました。


……私が正常だったら、嫌がったのかもしれません。

でも……今は頭も身体も漫然としていて、何故だかこの状況を良しとしている自分がいるのを感じていました。

紫吹さん……
――ここは君の夢の世界だから、君が心から嫌がることは当然させてもらえない。


君が今感じたことが全てさ。

……つまりは、そういうこと。
――――フフッ

"どういうこと?"なんて聞くのは野暮、なんでしょう。


現実とは違う夢の世界。

そこにいる今の私は、私であって私じゃない。


でも……"こんな私"がいても良い。

現実とは違う可能性を、紫吹さんは見せてくれている。

今はそれが、どんな気持ちでも構わない。ここと現実とじゃ、心も体も感じるものが全然違うから。

けど「今」僕はこのまま君と、夢の続きを見てみたいって思ってる。
……君はどうだい?
……それは……
――私が決めることじゃない。

私の心がそう言いました。

…………

しかし……

こんな時、どう返せば良いのか……

その術を"私"は一切持っていなかったのです。


だから紫吹さんの誘いに対して、

私は態度も言葉も何も返すことができませんでした。

『――――――――!!』
その時でした。

けたたましい鳴き声と共に、私達の眼の前に

無数の黒い塊が大挙して出現し始めたのは。

……ちぇっ

タイミングが悪いなぁまったく。


せめて彼女の答えを聞いてからでも良かったんじゃないの?

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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