終節「満月 2」

文字数 2,605文字

なんか……いつも以上にバタバタした1日でしたね。

まぁ、その分面白いものは沢山見れたけど。

裏の準備をするぞ。

予約はないが、休むわけにはいかん。

"カフェ夢うさぎ"の後は"夢うさぎ亭"へ。

最近は患者さんも少なく、平和な日々が続いています。

はい!

しかし、毎日昼から夜への切り替えは大変。

まずはカフェ店内を整理して掃除するところから……。


いつも通り進めていると、

扉が開く音が店内に響きました。

ヤッホー、お兄ちゃん!

予想外の……!

いえ、予想外に嬉しいお客さんです!

ヨウタ!?  お母さんも!

久しぶりだなぁ!
夢月くんが持っていた雑巾を投げ捨てて、

ヨウタくんに高速で駆け寄りました。


仕方ありません……。
あの日以来、初めて会うのですから。

ヘヘッ!

お兄ちゃん寂しい思いしてなかった?

おいおい、俺を誰だと思ってるんだ?

えー、お兄ちゃんはやっぱりヒーローってガラじゃないなぁ。

んな……!?

お前ー……!  そんな言葉どこで……!

お兄ちゃんはまぁ戦闘員くらいがお似合いだよね!

ヒーローは僕の仕事だから!

良かったら使ってあげるよ!

……こいつぅ!!

誰がお前を助けてやったと思ってるんだ~!?
ヨウタくんが元気いっぱいに走り出すと、

その後ろを夢月くんが同じように追いかけます。

待て~!  ヨウタ~~!!

その姿は、とても手加減しているようには見えません……。

……若いって良いねぇ。

……お前幾つだ?

だからそれは秘密だって。

何度も言ってるでしょ?

まったく……。

お母さんは2人が仲良く遊ぶ様子を困った顔で止めようとしながら、でもどこか微笑ましそうに見守っています。

おかげ様で。

元気すぎて困っちゃうくらい。

お母さんは私が夢月くんの代わりに声をかけると、

嬉しそうに苦笑いをしてくれました。

見てもらえれば分かると思いますけど。

フフッ、そうですね。

…………。
しばらく微笑んだまま2人を見ていたお母さんは、

そのままの姿勢で柔らかく言葉を紡ぎ始めました。

あれから色んなことをヨウタと話すようになりました。もちろん、ヨウタに心配をかけすぎない範囲で。

最初はどうなのかなって思ったんですけど……

みるみる元気になってくあの子を見て、やっぱり必要なことだったんだと思いました。

……私たちの治療は心に関するもの。

その完全な成果を確認できる機会は限られています。

……良かったです。

このお母さんからの言葉が、私と夢月くんにとって

大きな安堵と自信に繋がることは間違いありません。

それに……

私はあの子のために、あの子のためにと頑張ってきたけど……

あの子に支えられてたのは私の方だった……。

大事なことに気付けたのは全て……夢うさぎの皆さんのおかげです。

ヨウタくんだけでなく、お母さんも

心からの笑顔を初めて見せてくれました。


彼女の力になれたのは何だか、1人の女性として嬉しくて……私もつい笑みが零れてしまいます。


ですが――

――もしそれが私たちの行いの成果だとしても……

気付くことができたのは、お母さん自身の優しさのおかげだと思いますよ。

でもそのお手伝いをさせてもらえたんだとしたら、嬉しいです。

彼女の努力は彼女だけの尊いもの。

それを自分の成果にはしたくない。


そして私はこんな時にかけるべき言葉を、

奇しくも今日教わっていたのです。

…………。

たまたまかもしれないけれど、ありがとう蓮夜さん。

また貴方には助けられてしまいました。

――――
あっ……
私としたことが……

夢月くんの代わりのはずが……嬉しくてつい……

……元気になったなヨウタ。

ヘヘッ、お兄ちゃんのおかげだよ。

今は、寂しくないか?

うん!

あれからママといっぱいお喋りできるようになった!

そうか……良かった。

それに――

え、俺?

ちょっと、ヨウタ……。

動きを止めたヨウタくんの言葉を、

しゃがみ込んだお母さんが制止します。

す、すみません。

あの日から夢に同じ犬がずーっと出てくるらしいんです。

良い夢みたいだから良いとは思ってるんですけど……

(あの時の……)

あの日、夢月くんが"浄化"した夢魔……。

やはり今でもヨウタくんの夢の世界にいるようです。

……ムツキって名前にしたのか。

うん、お兄ちゃんと同じ名前!

夜になるとね、いつも隣りで優しくお話聞いてくれるんだ。

お兄ちゃんみたいに!

だから全然寂しくなんてないよ!

けれど、もう心配することはなさそうです。

あの日見た印象のまま、生まれ変わった夢魔……ムツキは、

ヨウタくんの心の支えとして彼と共に在ってくれている。

……良かった、

本当に良かった。

でも……また、遊びに来ていい?

お兄ちゃんとも、お話したいから。

ムツキもきっと、喜ぶと思う。

もちろん。

会いたくなったらいつでも来いよな。

なんてったって俺はお前の……

ヒーローだからな!

……うん!

ヨウタ、そろそろ行くわよ。

お兄ちゃん達に迷惑かかっちゃうわ。

はーい。

お母さんの呼び声を聞いて、ヨウタくんは

トテトテと駆けていきます。


手を繋いだ時、顔をくしゃくしゃにして

笑ったのが見えました。

またね、お兄ちゃん!

あぁ!

…………。


2人を見送って、夢うさぎにまた静寂が訪れました。
今日、私たちはやっと……

"やり遂げた"と実感できた気がします。

……良かったね。

うん……本当に……。

吏星……

…………。
吏星さんは夢月くんを無表情で見詰めています。

彼にもきっと、思うところがあったのでしょう。


そう、それは――

へ?

片付けろ。

お前のせいで滅茶苦茶だ。

えぇ~~~~!?

――「掃除と片付けは気にしなくていい」と

お母さんに告げていたことから明らかでした。


吏星さんは、そういう人です(笑)

俺は治療室の整理をする。

紫吹は厨房の掃除をしておけ。

えー?

厨房を滅茶苦茶にしたのは吏星じゃん。吏星が片付けてよ。

吏星さんが今日、必死で調理をしていたことを

知っていてのこの切り返し……。


蓮夜さんもそういう人、ですね……。

……やるかぁー

私もお手伝いするね。

ありがとう、そら。

…………。

ん?  なに?

…………。

『ナイキスTAS』の最新情報はTwitterをチェック!

@viewsquad_tw

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色