2節「夢魔と夢想師 1」

文字数 1,345文字

私がこの世界に悪夢を見せるもの――

"夢魔"が存在していると知って半年が経ちました。


それは人の身体ではなく

"心に巣食うウィルス"のようなものなんだそうです。

いらっしゃいませ。

夢魔による悪夢は病院で治療することはできず、

自然に治ることもありません。


毎日、何かに追いかけられたり、追い詰められたり……同じような悪夢を見続けるんです。

予約されていた佐藤様ですね。

夢うさぎは、夜間"夢うさぎ亭"と改め、

夢魔を祓い人々を悪夢から解放する仕事をしています。


――そして今日も悪夢に苦しむ人が、

夢うさぎ亭の門を叩きます。

はい……佐藤 アキラです。


今日、ここに来るように

言われたんですけど……

眠りの園……?
あの……ここって確か、最近人気のカフェ、ですよね……? 私は毎日見る悪夢を治したくて来たんですけど……
夢魔に憑かれた人たちを悪夢から

解放する方法はたった1つだけ……。

えぇ。

間違いなく今日、あなたはその悪夢から救われますよ。

あなたに憑いた夢魔を

俺達が祓うことによってね!

他人の夢の世界に入って直に夢魔を

祓うことができる人達――


夢月くん、吏星さん、蓮夜さん。

"夢想師"と呼ばれる彼らの治療を受けることです。

は……?  夢魔……?

私、そういうのはあまり

信じてないんですが……

今日の患者――佐藤さんは、明らかに

動揺した態度で口を開きました。


無理もありません。

こんな非現実的な話をいきなり受け入れられる人など、いるはずがないのですから。

安心しろ。

別に妙な勧誘というわけではない。

ただ、俺達はお前が悩まされ続けている悪夢を治療できる。その方法を持っている特別な人間だ。
それだけ分かってもらえればいい。
は、はぁ……
興味を持つ人には細かい説明を。

疑心暗鬼な人には早急な治療を。


それが夢うさぎの基本的なスタンスです。

……1つ確実に言えるのは、僕達が治療をしない限り、あなたがその悪夢から解放される日は来ない。
毎回「もう少し柔らかい言い方を……」

と、思わなくはないんですが……。


そんなことが気にならないくらい、

夢魔に悪夢を見せられる時間というのは途方もなくて……誰かに助けてほしいものなんです。

…………。

それが分かっているからこそ、夢うさぎの3人は

"普通とは違う"接客を心掛けているそうです。

……大丈夫ですか?

意味が分からないかもしれないですが……ここにいる皆、あなたを救いたいという気持ちは一緒です。

そんな彼らの物言いとお客さんの反応を見て、

私は最近、必要に応じてフォローを入れるようにしています。


それが、今の私にできる数少ない仕事だからです。

……お気遣いありがとうございます。

ちょっとびっくりしてしまっただけです、すみません。

それに……よく考えてみればむしろ、

この方が納得できるかもしれません。

虚ろな目をした佐藤さんの表情からは、

「治るなら何でもいい」と言いたげな虚脱感が感じられます。


そしてその感覚を……私も身に染みて

理解できてしまっているのです。

本当に何をしても治すことが

できなかったので……。

分かります……。
私は過去の苦い思い出に顔を歪めながら、

でも彼を不安にさせない精一杯の笑顔で対応します。

私も……一緒でしたから。
あなたも……?

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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