10節「すれ違う 3」

文字数 1,437文字

……治療室に沈黙が訪れます。

誰もが顔を伏せ、何も言葉を発せない。


それぞれが何を思って、

何をしたくて、ここにいるのか。


その1つ1つが、今は闇に包まれて

しまっているように感じます……。

お兄ちゃんたちもあっち行っていいよ。僕もう寝るからさ。
駄目だよ、ヨウタ。

今寝たらまた悪い夢を見る。

……別にいいよ。もう慣れたしさ。

それに何だか……

僕もう、ずっとこのまま起き上がれない気がするんだよね。

辛そうな顔のまま、どこか悟ったような目で

小さく笑ってヨウタくんはぼそりと言いました。

ヨウタ……!

だったら僕、もうずっと

寝てるからいいよ。


お兄ちゃんたちもママも大変そうだし……

その方がいいんだよね。
え……?

ヨウタくん……?

な、何を言って……
…………。
な、何言ってるんだよ!

それがどういうことか、分かってるのか!?

ママにいつも言われてるんだ。

人に迷惑をかけちゃいけませんって。

それに、僕のせいでママが大変な思いをするならそれが一番、駄目なことだから。
ここに来て彼はまだお母さんのことを……。

いくら彼女のことが大好きだとしても……これはさすがに……

ヨウタ!!

ヨウタがそう思っててもママはそう思ってない!  思ってないよ!

だからそんなこと言っちゃ駄目だ!  ヨウタ!

……ごめんなさい。

けど……

今までお母さんが好きなのも……彼女を守ろうと豪語するのも……歳相応の男の子だからと思って接してきました。


でも何だか……彼はもっと別の……

…………。
――そんな混乱する私たちの思考を切り裂くように降り注いだのは、吏星さんの発した無慈悲な肯定でした。
ッ!?
吏星さん!?
お前が眠りから覚めなければ、

母親は好きに外に出歩ける。

ここに来る必要もない。無駄な心労もかからない。今と比べれば、楽で楽で仕方ない暮らしが待っているだろう。
吏星!!!!
ヨウタくんの方を見ず、淡々と喋る吏星さんを、

夢月くんが声を荒げて制止しようとします。


しかし吏星さんはそれに全く動じません。


…………。

今度は明確にヨウタくんに向け、言葉を紡ぎ続けます。

お前がそれで本当に良いなら、俺は止めない。俺達はお前を助けない。
二度と会えない。

夢の中でさえ、絶対に。

それを……よく感じることだ。
そのまま吏星さんは残酷に言い捨てる

ように治療室を去りました……。

吏星……なんで!!

待てよおい……!  吏星!!

怒りに顔を歪めた夢月くんが

その後を追いかけます……。

(あ……追いかけないと……!)

私も呆然としている場合ではありません……!

大変なことになってしまいます……!


――けれど、どうして吏星さんはあんなことを……

――――うう……
……!

ヨウタくん……!?

いやだ……いやだよぉ……

置いて……おいてかないで……ママぁ……

2人が去った治療室に響き渡る、

ヨウタくんの泣き叫ぶ声……。


初めて見る彼の、心から弱った顔……。

(吏星さんもしかして……)
ヨウタくんから本当の気持ちを引き出すために……?
まったく、詰めが甘いんだよ吏星は。
……だからいつもすれ違う。
蓮夜さん!?
外で待っていたはずの蓮夜さんが

2人と入れ替わるような形で治療室にやってきました。


まるで……この展開を予期していたかのように……。

ヨウタくんは僕が見ておくよ。


そらちゃんは伝えておいで。

今見たものを、夢月ちゃんに。

……は、はい!
ヨウタくんを蓮夜さんに託し……

私は2人を追いかけます……!

……さて
僕は僕で……

今できることをしなくちゃね。

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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