4節「挑戦 1」

文字数 1,414文字

あの……奥の部屋では

何をしているんでしょうか……?

お母さんが、少し不安そうな表情で

吏星さんに問い掛けました。

……まずは治療に際して、ヨウタ少年にぐっすり眠ってもらう必要がある。
今の彼は眠ること自体にネガティブな状態のはずだが、早乙女はそういった人間にも安らかな眠りを届けられる。
吏星さんは、小さく溜息をついて眼鏡を直し、

どこか申し訳なさそうな口調で続けます。

……さっき見たやり取りで、何となくその理由は察してもらえたと思うが。
な、なるほど……。

お母さんは彼の言葉に困惑しながらも、

何とか苦笑いで返答してくれました。


無理もありません……。

正直夢月くんのあのテンションには、

私たちでさえ驚きだったので……。

でも不思議ですね。

毎日悪夢を見る病気、それも

普通の病院では治せないなんて……。

理由は、何なんでしょうか……?
…………。
親として当たり前すぎる質問。

しかし吏星さんは押し黙って、一瞬だけ罰が悪そうにしました。

……申し訳ない。

それは当事者にしか話すことができない。たとえそれが親であってもだ。

しかしその返答は努めて毅然としたもの。


きっと、彼女をより不安にさせないための、

吏星さんなりの配慮でしょう。

不安かもしれないが、今はただ信じてほしいとしか言うことができない。

同行は特例で認められましたが、

治療の内容は話してはならない。


最もさじ加減が難しい決定の中で

私たちは動かねばなりませんでした。

そうですか……。

でも大丈夫です。

ちゃんとお医者様から

ご紹介頂いた方達ですから。


信用しております。

招待状が必須なんて面倒なシステムだけど……。こういう時には意味があるみたいだね。
そう、ですね。
招待状を利用してここに来た身としては、

その不自由さに複雑な思いはありますが……。


こういう事例を見ていると、致し方ない理由があるのかもしれないとは、思います。

治療室から夢月くんが1人で戻ってきました。

その晴れやかな顔から"成功"の結果が伝わってきます!

横になったらすぐだったよ。

やっぱ子供だな。

あ、ありがとうございます!
状況をよく分かっていないお母さんが、

夢月くんに駆け寄って深々とお辞儀をしました。

いえいえ、俺は気持ちよく寝かせてあげただけなので。治療はまだまだこれからです。
それより、ヨウタは本当にお母さんのことが好きなんですね。
え……?
夢月くんからの報告に彼女は、心から

意外そうな顔で目をくりくりさせました。

ママは僕のために頑張ってくれてるとか、だからママは僕が守るんだーとか、そんなことばかり言ってました。
あとはブレイブみたいになりたいって。僕が強くなったら、ママがきっともっと笑ってくれるようになるからって。
そうですか……。

あの子がそんなことを……

なかなか直接は聞けない嬉しい言葉……のはずなのに。


お母さんはどこか寂しそうな、

申し訳なさそうな顔をしているような気が……?

その真意を私たちが確認する前に、

吏星さんが会話を遮りました。

ここからはより込み入った施術になる。内容を説明できないのは心苦しいが、信用を裏切るようなことはしない。
はい。

よろしくお願いします。

お母さんの言葉をしっかり受け止めて、

吏星さんは治療室に向かいました。


夢月くんがヨウタくんとの心のパイプを

しっかり繋げていれば、吏星さんは

夢の世界に入って夢魔を駆除できます。


どうか上手く行きますように……!

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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