終節「満月 1」

文字数 2,400文字

ヨウタくんの治療が終わって1ヶ月が経ちました。

カフェ夢うさぎは相変わらずの大盛況ぶり。

今日も今日とて大忙しです!

いつになったら夢に出てきてくれるんですかー?

私たちずっと待ってるのにー!

蓮夜は今日もファンの女の子達に囲まれています。

女性として夢うさぎで働く私は変な誤解を招かぬよう、実はなるべく距離を取るようにしています……。

うーんそうだなぁ。

ということは、君達が僕のことを全然知れていないってことかもね。

えー!!

こんなに大好きなのに―!!

世の中っていうのは自分の見える範囲の事柄でしか構築できない。

でも真実というのは、得てしてその外側にあるものなんだよ。

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???

????

つまり……君達には見せられない僕の姿が沢山あるかもしれないってこと。

例えば――

蓮夜さんが机に音を立てて手を突き、

女子高生達の顔に自分のしたり顔を寄せました……!

――――――――!!
蓮夜さんの横でオーダーを取っていた吏星さんが、蓮夜さんの服の裾を思いっきり掴んで引っ張りました……。
うおッ!
ちょっと、何するんだよ吏星。

風紀を乱すような行動は慎め!

超えてはいけないラインを考えろ馬鹿者!

風紀って……

もう考え方が江戸時代なんだから。

はぁ!?

蓮夜さんを諫めた後、手に持ったオーダー票を一瞥した吏星さんは……空になっている厨房を見て顔を顰めました。

……早乙女は?

早乙女はどうした?

向こうでおじいさんの話を……

まったく……!

本当にまったく!

彼は夢月くんを諫めるのではなく、

オーダー票を持ったまま、自ら厨房に向かいました。

もう……吏星ったら思いっきり引っ張るんだから。服が乱れちゃうよ。
…………。

気が付けば、蓮夜さんと私がセットで並ぶ珍しい状況。

裏の営業中も、最近は2人きりになることはあまりありません。

蓮夜さん……

そして私には少しだけ……

2人の時に彼に伝えておきたいことがありました。

言いそびれてましたけど、あの時はありがとうございました。

……何のこと?

人のことを理解するのと、

人の気持ちを理解するのは全然違うって話。

あの言葉がなかったら、私たちは乗り越えられなかったかもしれません。

そう、夢月くんが治療に失敗し、混乱していた夢うさぎで彼が私にかけてくれたこの――

えぇ……?

本当に覚えていないのか、

冗談で言っているのか。


それがわからないのが蓮夜さんの困るところです……。

まぁそれが実際に僕の言葉だったとしても、解釈したのはそらちゃんだし、それを受けて壁を乗り越えたのは夢月ちゃんと吏星さ。

あの一件では、僕は特に何もしてないよ。

……そんなことありません。

あれは私たち4人で勝ち取った結果だったと、私は思ってますよ。

蓮夜さんは大変な時、いつも私たちを否定せずに、

最小限の言葉でヒントをくれる。


その1つ1つの小さな引っ掛かりが、大きな行動を起こす引き金になることが、何度もありました。


だから、蓮夜さん抜きで何とかなったとは、

私にはとても思えないんです。

そう言ってもらえるのは嬉しいけどね。

ほら、あそこのお客さん対応してあげないと。

あ、すみません!

行ってきます!

4人だから上手く行った。

今までもこれからもきっとそう。


それは、蓮夜さんにもちゃんと伝えておきたかったんです。遅くなってしまったけど、今日言えて良かった!

…………。
蓮夜さまー!

お水くーださい❤

はいはーい。

ようやくピークタイム過ぎたか~。

まだまだ気が抜けないよ。

この時間を狙ってくる僕のファンもいるからね!

そうか良かったな。

あの……

あれ、あなたは確か……

たまたま私たち全員がレジ周辺に集まっていた

タイミングを見計らってか、声をかけてきたのは……

佐藤さん?

覚えていてくださって光栄です!

前に治療をした患者さん、佐藤アキラさんです。

裏のお客さんが表に来てくれることも、たまにあります!

調子はどうですか?

あれからすこぶる快調ですよ!

職場も変えて、家族とも仲直りして!

何をしてもらったかは全く覚えてないんですが……とにかくありがとうございました!

そうか、それは良かった。

僕らも頑張った甲斐があったというものです。

お前は何もしていないだろ……。

とても明るくなった佐藤さんが

一際良い笑顔を作ったかと思うと……


私たち全体から1人の人に視線を

合わせ直して口を開きます。

なんだろうか。

あなたに出会って私、変わったんです!

世界が輝いて見えるようになりました!

いや何をしてもらったかは覚えてないんですけど!  とにかく吏星さんに出会えて本当に良かったって……心が叫んでます!

…………?

え?  あ?

そうかそれは良かった……?

また来ます!

吏星さんに会いに!

お金を払い終えた佐藤さんは、最後まで吏星さんから目を離さずに、満足そうにお店を去りました。
……は?

……何したの?

な、何もしていない!

だいたい本人が覚えていないと言っていただろうが!

…………。

天崎、何か言いたいことがあるのか?

いえ、何も……。

まぁ……吏星さんの「何もしていない」を

どこまで信用して良いのやら……。

あの………………!

おっとすまない。

会計だろうか。

場の空気を変えるためか、吏星さんが率先して

客前に立ち、レジ打ちの準備を始めました。


しかし……

…………。

は?

…………???

この方は……少なくとも……

私の知らない方……のはずですが……。

…………。

モテモテじゃん。

ち、違う!

何かの間違いだ!!

ハハハ……

まぁたまに吏星さんのことを熱心に見ている方が

いらっしゃるような気がしていまして……。


自分が思っているより、吏星さんも女の子に

人気だと伝えてあげた方が良いのかも……

ってお代!  お姉さんお代を!!

あまりの珍事(?)に面食らってしまい……!

この後、あの女性を慌てて追いかけました!

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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