2節「夢魔と夢想師 3」

文字数 2,075文字

佐藤 アキラに憑いた夢魔はごく一般的なものである可能性が高い。紫吹の出番はないだろう。安心して待っていろ。
はいはい。
蓮夜さんに一声かけて、吏星さんは

治療室の扉に手をかけました。


控えに回ることが多い蓮夜さんですが、

実はこの夢うさぎの……切り札的存在です。

私に憑いたネズミの夢魔は、祓うのがとても難しい種類だったみたいで……彼がいてくれなかったら今頃どうなっていたか分かりません。
本音を言えば、もう少し出番があっても良いと思ってるけどなぁ。
蓮夜さんは、吏星さんでは対応できない夢魔が

出てきた時だけ夢想師として仕事をします。

いや永遠にない方がいい。

吐き捨てるように背中で語り、

吏星さんは治療室へと消えて行きました。


実は吏星さんは……

蓮夜さんを患者さんの前に、できるだけ出したくないみたいなんです。

……やれやれ。

その理由は……

蓮夜さんの治療中の振る舞いにあるんですが……。

…………。
何がどう駄目なのかは……

私の口からはちょっと……


言えません……。

……見て、そらちゃん。

夢月ちゃんまだ泣いてる。

本当ですね。

(優しいな、夢月くんは……)

佐藤さんの話を思い出しているのか、

夢月くんはずっと部屋の陰で涙を拭っています。

……何だかこうしていると、そらちゃんを治療した日のことを思い出すなぁ。
あの日も夢月ちゃん、

酷く辛そうな顔して出てきてさ。

そらちゃんが夢魔に憑かれてたのに気付けなかったのが、相当ショックだったみたい。
そうだったんですね……。
私も夢月くんに眠りに就かせてもらった後、

夢の世界では吏星さんの治療を受けました。


だからあの日、治療中に夢月くんがどんな

様子だったかは、今初めて聞いています。

あれからもう半年も経つんだね。
今でも覚えてる?

自分の夢の世界で起きたこと。

はい、もちろん。

鮮明に。

……忘れるわけがありません。


私にとって「人生が変わった瞬間」とも言うべき、あの時間を。

前にも吏星さんから、記憶を保っていることに

ついて、酷く驚かれたことがあります。


とても珍しいことだとも、聞いています。


けれど……

そんなこと、ありません。
"強い"という言葉は、私に相応しくない。

どうしてもそう感じて、首を大きく横に振ってしまいます。

ううん。

そんなことあるから言ってるんだよ。

蓮夜は、そんな私の不甲斐なさを優しく制し、

私の顔を見てどこか愛おしそうに微笑みました。

……実際、夢の世界とは言え、夢魔なんて化け物を見て毅然としていられる人はそう多くない。
きっとあの佐藤って人も……

明日になれば今日あったことなんて全て忘れてしまうと思うよ。

…………。
確かにあの夢の世界で起こったことは

現実離れしすぎているのに鮮明で……。


今思い出しても、身体が強張るほどの体験でした。

でも君は覚えていた。

あの日起きたことを全てね。

本当のところ、

それは不幸なことだと言っていい。

…………。
なのに君はその後も僕達のところに来て、こうやって自分の意思でこの店にいる。

そんなこと普通に考えたらありえない。

それだけそらちゃん自身が、強く前を向ける人だったってことなんだ。
蓮夜さんは後ろ向きになりがちな私を、

肯定しようとしてくれている。


それは本当にありがたいこと……。

……本当にそうなんでしょうか。

でも私は、その厚意にどうしても

納得ができませんでした。


だって……
私はただ……あの日あったことを覚えていたかった――
そう、ただそれだけ……。
――絶対になかったことになんかしたくない。そう強く願っただけなんです。
……そっか。
絶対になかったことにしたくなかった、か……。
はい……。
……そっか、そうだよね。嬉しいな。
そんな私の反応を見てか、蓮夜さんはすぐに

引き下がって私を尊重してくれました。


このバランス感覚が"あの紫吹蓮夜さん"の

魅力の根源だと私は思っています。

はい。
君も……
はい……


ってあ!?

油断した……!

相手は"あの紫吹蓮夜"さんでした……!

そんなにも僕の――
ち、違います!

そういうことじゃありません!

ゆ、夢の世界で彼にされたことを思うと、

これは簡単に首を縦に振れません……!

えーそうなの?

そらちゃん、いっつも本気で否定するんだから。傷付くなぁ。

す、すみません。

って、それは蓮夜さんが……!

フフッ、冗談だよ。

いつも可愛い反応ありがとう。

もう……
どこまでが冗談で……

いやむしろどこからが冗談だったのか……。


本当は詳しく聞きたいけれど、それはこちらから

墓穴を掘ることになりそうなのでやめておきます。

……今の君は、どんな夢の形をしているんだろう。あの時とはもう全然違っているのかもしれないね。
……そうかもしれません。

少なくとも今の生活は、楽しいですから。

この蓮夜さんの言葉には、

自然と笑みを零している私がいました。


あの時は、空っぽで何もなかった私の夢の世界……。

今は"大切なもの"に彩られていてほしい。


そう自分でも思います。

……ありがとう。

またいつか見せてほしいな。


今の君の心の中をさ。

そ、それは……
また別かな……と……。
なになに? 何の話?

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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