9節「逃げちゃ駄目なの? 2」
文字数 2,685文字
直接空間を振動させるタイプだと、恐らく大型の馬種かな。相当特殊な種類だし、相手が悪かったと言うしかないね。
しかし、いくら早乙女が不慣れとは言え、数度の攻撃で現出した空間を破壊できるのは流石に異常だ。
そんなにも強力な個体が、あの子供に憑いているというのか……?
彼が夢の世界で経験したことの
一部始終を、私たちは聞きました。
夢月くんは空間を現出して夢の世界に入れた。ヨウタくんと触れ合うことはできたのに。
夢魔を倒すことだけが……できなかった……。
会話はしていない。
眠ったまま母親が連れて帰ったからな。
吏星さんは努めて冷静に言い切りましたが……実際は……
トラブルはあったが、早乙女はじきに目を覚ます。状況確認の後、治療を再開しようと思うので待っていて――
……申し訳ないが、早乙女以外にヨウタ少年の治療はできない。
……こんなことになっても、その事情というのは話してもらえないんですね。
……あなた方を頼るしかないというのは分かっています。
けれど……
今は気持ちの整理がつきません。
何だか……息子が危険な目に遭ってるんじゃないかって不安で……
何にしても、初めて夢入りに成功して夢魔に攻撃できたんだ。今はその進歩を認めよう、夢月ちゃん。
普通の夢魔が相手だったら、間違いなく治療は成功してたと思うよ。
そう……どうしても暗い空気になる中で、大事なのは「そこまでは行けた」ということ。
それに目を向けて、空気を変えようと
蓮夜さんは夢月くんに声をかけてくれました。
しかしそれを彼が受け入れられるかは別問題……。
過程は上手く行っても、結果が伴わなかった。
それも、大きな責任がある初めての治療で……。
どれだけ大きな心の傷を負ったか……私には想像も付きません……。
2人なら上手く行ったんじゃないの? こんなことにならなかったんじゃないの?
それは分からない。
僕達はその夢魔を実際に見たわけじゃないから。
蓮夜さんは相手の感情を決して否定しません。でもだからこそ、無責任なことも言いません。
それが時として残酷に見えることもある……。
……仮にそうだったとしても、俺達はそもそもヨウタ少年に夢入りすることができない。
その質問は前提からして破綻している。
今は原因を究明し、再度治療に当たるしか――
今の夢月くんは"効率的な打開策"を受け入れられるほど、心を強く保てていませんでした。
攻撃が出なくなって、どうしようもなくなって。心の底から、もう駄目だって思った。
あいつが俺に攻撃してこなくて。
空間を破壊することを選んでくれて。
これで最悪、意識が飛ぶだけで済むって思った。
だから何度やったって同じだよ。
どうせ次もまた攻撃が出なくなって、あいつを倒せない。ヨウタを助けられない。
そんなことない。私は心からそう思い、声を上げました。
でも――
「何故?」と問われたら答えられない。
彼を励ます言葉を、用意できない。
彼にこちらを見られた時、
反射的にそう思ってしまい……。
何も、言えなくなってしまいました。
夢月くんは私たちの横を通り過ぎ、治療室の扉に手をかけました……。
夢月くんは吏星さんの言葉を聞くこともなく、治療室の外へ出て行ってしまいました。
程なくするとお店の扉が開く音が鳴り響いて……。
夢うさぎに居心地の悪い静寂が訪れました。
と、突然耳元で喋るのはやめてほしいです……!
私も考え事をしているのは同じなのに……!
他人のことを考えるのと、他人の気持ちを考えるのは――
あれから2週間が経ちました。夢月くんはお昼は明るく振る舞っているけど、夜になるとずっと黙り込んだまま……。
他の患者さんの治療にも、全く出なくなりました。
最近は出番が多いからね!
吏星が1人で上手く夢入りできないおかげでね。
夢月くんがああなって以降、吏星さんが1人で治療に入っているのですが……。
やはり彼も色々と溜め込んでいるようで、
患者さんと上手くやり取りができず……。
結果として蓮夜さんの出番が増えています。
昨日は牛型の夢魔だったんだけど、あいつらヒラヒラしているもの見るとすぐ突っ込んでくるからさ。僕は服装的に相性が良いんだよね。
あ、この前のカエル型の夢魔、あれも久々に見たなぁ。口の中に爆竹を生成して、頭だけ吹っ飛ばすのが楽しいんだよね。
あれ、子供の頃とかに現実でやったことない? そらちゃんにも見せてあげたかったなぁ。
こういう時に限って、普段少ないお客さんも何故だか多くなるもの。
そして蓮夜さんは良くも悪くも、
いつものテンションを乱しません。
彼なりに気を遣ってくれている……
というのは……ポジティブすぎますね……。
その刹那、他愛ない会話を遮るように響いた大きな音に私たち4人は否応なく注意を向けることになりました。
息を切らし今にも泣き出しそうな顔のお母さん。
その背中には……青ざめてうなだれる
悲痛な姿のヨウタくんがあるのでした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)