9節「逃げちゃ駄目なの? 2」

文字数 2,685文字

空間を直接攻撃する夢魔、か。
直接空間を振動させるタイプだと、恐らく大型の馬種かな。相当特殊な種類だし、相手が悪かったと言うしかないね。
しかし、いくら早乙女が不慣れとは言え、数度の攻撃で現出した空間を破壊できるのは流石に異常だ。
そんなにも強力な個体が、あの子供に憑いているというのか……?

彼が夢の世界で経験したことの

一部始終を、私たちは聞きました。


夢月くんは空間を現出して夢の世界に入れた。

ヨウタくんと触れ合うことはできたのに。


夢魔を倒すことだけが……できなかった……。

……ヨウタは何か言ってた?
会話はしていない。

眠ったまま母親が連れて帰ったからな。

……ヨウタのお母さんは?
……いや、特に何も。
そっか……。
…………。
…………。
吏星さんは努めて冷静に言い切りましたが……実際は……
トラブルはあったが、早乙女はじきに目を覚ます。状況確認の後、治療を再開しようと思うので待っていて――
……申し訳ないが、早乙女以外にヨウタ少年の治療はできない。
……事情がある。
……こんなことになっても、その事情というのは話してもらえないんですね。
……申し訳ない。
…………。
…………。
……あなた方を頼るしかないというのは分かっています。
けれど……

今は気持ちの整理がつきません。


何だか……息子が危険な目に遭ってるんじゃないかって不安で……

今日は一旦帰らせてください。


また来ます。

……了解した。
(……言えるわけがない)
(吏星さん……)
何にしても、初めて夢入りに成功して夢魔に攻撃できたんだ。今はその進歩を認めよう、夢月ちゃん。
普通の夢魔が相手だったら、間違いなく治療は成功してたと思うよ。
そう……どうしても暗い空気になる中で、

大事なのは「そこまでは行けた」ということ。


それに目を向けて、空気を変えようと

蓮夜さんは夢月くんに声をかけてくれました。

でも……失敗した。
しかしそれを彼が受け入れられるかは別問題……。


過程は上手く行っても、結果が伴わなかった。

それも、大きな責任がある初めての治療で……。

夢月くん……
どれだけ大きな心の傷を負ったか……

私には想像も付きません……。

蓮夜がやっても失敗した?

吏星の空間でも壊された?

2人なら上手く行ったんじゃないの?  こんなことにならなかったんじゃないの?
それは分からない。

僕達はその夢魔を実際に見たわけじゃないから。

…………。
ずるいよ、そんなの。
蓮夜さんは相手の感情を決して否定しません。

でもだからこそ、無責任なことも言いません。


それが時として残酷に見えることもある……。

……仮にそうだったとしても、俺達はそもそもヨウタ少年に夢入りすることができない。
そんな時は吏星さんの出番、ですが……。
その質問は前提からして破綻している。

今は原因を究明し、再度治療に当たるしか――

早乙女……!?
今の夢月くんは"効率的な打開策"を受け入れられるほど、心を強く保てていませんでした。
……恐いと思っちゃったんだ。
攻撃が出なくなって、どうしようもなくなって。心の底から、もう駄目だって思った。
だから俺……ホッとしたんだ、あの時。
あいつが俺に攻撃してこなくて。

空間を破壊することを選んでくれて。

これで最悪、意識が飛ぶだけで済むって思った。

…………。
だから何度やったって同じだよ。

どうせ次もまた攻撃が出なくなって、あいつを倒せない。ヨウタを助けられない。

俺がどうしようもない……弱虫だから。
そんなこと……!
そんなことない。

私は心からそう思い、声を上げました。


でも――

…………。
!!

「何故?」と問われたら答えられない。

彼を励ます言葉を、用意できない。


彼にこちらを見られた時、

反射的にそう思ってしまい……。


何も、言えなくなってしまいました。

3人で他の方法を探してよ。
やっぱり……やっぱり無理だったんだ。
夢月くんは私たちの横を通り過ぎ、

治療室の扉に手をかけました……。

…………。
…………。
逃げちゃ駄目なの?
夢月くんは吏星さんの言葉を聞くこともなく、治療室の外へ出て行ってしまいました。


程なくするとお店の扉が開く音が鳴り響いて……。

夢うさぎに居心地の悪い静寂が訪れました。

……吏星。
分かっている。

分かっているが……

…………。
……ねぇそらちゃん?
な、なんですか?

と、突然耳元で喋るのはやめてほしいです……!

私も考え事をしているのは同じなのに……!

他人のことを考えるのと、他人の気持ちを考えるのは――
――全然別だと思わない?
……?

どういうことですか?

多分、君にも分かるよ。

近いうちにね。

…………???
あれから2週間が経ちました。

夢月くんはお昼は明るく振る舞っているけど、夜になるとずっと黙り込んだまま……。


他の患者さんの治療にも、全く出なくなりました。

…………。
…………。
ねぇねぇ吏星、今日は予約入ってないの?
……ずいぶんと楽しそうだな。
最近は出番が多いからね!

吏星が1人で上手く夢入りできないおかげでね。

やかましい。
夢月くんがああなって以降、吏星さんが

1人で治療に入っているのですが……。


やはり彼も色々と溜め込んでいるようで、

患者さんと上手くやり取りができず……。


結果として蓮夜さんの出番が増えています。

昨日は牛型の夢魔だったんだけど、あいつらヒラヒラしているもの見るとすぐ突っ込んでくるからさ。僕は服装的に相性が良いんだよね。
最後は解体して、バーべキューにするんだ。
バ……?

え?

あ、この前のカエル型の夢魔、あれも久々に見たなぁ。口の中に爆竹を生成して、頭だけ吹っ飛ばすのが楽しいんだよね。
えぇ……。
あれ、子供の頃とかに現実でやったことない?  そらちゃんにも見せてあげたかったなぁ。
いえ、やったことないですし、遠慮しときます……。
あ、下から串刺しの方が良かった?
そういう問題じゃないですね……。
こういう時に限って、普段少ない

お客さんも何故だか多くなるもの。


そして蓮夜さんは良くも悪くも、

いつものテンションを乱しません。


彼なりに気を遣ってくれている……

というのは……ポジティブすぎますね……。

…………。
その刹那、他愛ない会話を遮るように響いた大きな音に

私たち4人は否応なく注意を向けることになりました。

!?
ヨウタ君のお母さん……?
た、助けて……!

助けてください!!!

ヨウタが……ヨウタが……!

…………。
ヨ、ヨウタ……!?
息を切らし今にも泣き出しそうな顔のお母さん。


その背中には……青ざめてうなだれる

悲痛な姿のヨウタくんがあるのでした。

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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