5節「勇気ある前進 1」

文字数 1,614文字

俺がヨウタの治療をする、だって……!?
見たところ繋がれたパイプは完璧だった。お前なら拒絶されずにヨウタ少年の夢の世界へ入れるはずだ。
パイプを繋いで心を通わせた夢月くんなら、

拒絶されることなく治療に当たれる……。


言葉で言うと簡単な話のようですが……

その実態には、大きすぎる問題があります……。
俺まだ一度も夢の世界に

入れたことないんだぜ!?

そう……夢月くんはまだ"パイプを繋ぐことしかできない"夢想師なのですから……。
 子供の治療はただでさえ難しいんだろ!? いきなり俺にできるわけ……
嫌なら"やらない"という選択ももちろんある。けど、夢月ちゃんがやらなきゃヨウタ君の夢魔を祓える保証はない。
最悪あの子の治療を諦めるって言うなら、無理にとは言わないんだけどね。
そ、それは……
蓮夜さんの物言いは厳しいものでしたが、

目を背けてはいけない現実でした。


それが伝わっているからか、夢月くんは

何も言い返すことができません。



……ほ、他の夢想師に応援を頼むっていうのは!? 俺みたいなことが得意な奴もきっといるだろ!?
それでも彼は「自分でやる」とは言いません。

この状況では当たり前だとは思いますが……。

無理だろうな。

香澄周辺の患者は、夢うさぎで受け持つのが原則だ。

その彼の希望は吏星さんにピシャリと

否定され、無残に打ち砕かれることに。

それに、応援に来たところで成功するか分からん施術だ。自分達の面子を潰すような仕事を喜んで受ける奴など、いないだろうな。
失敗したら責任問題になるからね。
うちのマスターだって貧乏くじ引いたと思ってるよきっと。
夢想師の拠点は、ここ夢うさぎだけでありません。

地方に点在しており、本部が統括しているそうです。


一枚岩というわけではなく、利権争いのようなものもやはり存在しているとは聞いていましたが……。


こういう時にまで責任の押し付け合いなんて……。

……夢月ちゃん。
どんどん追い詰められていく夢月くんに、

蓮夜さんが一際優しく声をかけました。

夢想師の施術っていうのは、誰しも最初から完璧にできるわけじゃない。


才覚があっても、全てを1人でこなせるようになるまで20年以上かかった人もいたらしい。

に、20年……!
でもね、そういう人達に共通していたことがあるのも分かってる。
それは何だと思う?
え……?

やっぱ……勉強不足?

…………。
吏星さんは腕を組んで夢月くんの方を見ず、

少し物悲しげな雰囲気で口を開きました。

え?
吏星さんは一呼吸置いた後、改めて

夢月くんの方に向き直って話を続けます。

そういった者達は失敗を恐れ、夢魔を恐れ、そしてできない自分を恐れた。その自分自身の弱さに気付こうとすらしなかった。
だから成長することもなかったんだろう。
夢想師の仕事は技術じゃない。

大事なのは心の在り方さ。

挑戦し克服する心を真に持てない者は、何も為すことができないんだ。
…………。
……その点、夢月ちゃんは心のパイプを繋ぐところまでは完璧さ。
これはきっと夢月ちゃん自身の「誰かの力になりたい」って想いが、そのまま夢想師の力としてまっすぐに体現されていることに他ならない。
自分のことを言われているように沈黙する夢月くんに対し、2人は「そうはならない」ことを真摯に伝えようとしているようです。
夢空間の現出は、自分自身との戦いだ。

逃げなければ必ずできるようになる。

……本来であれば他人を真に想うことの方がずっと難しいんだ。
だから、案ずることはない。

これを1つの良い機会だと思ってやってみろ。

……責任は重いがな。

厳しい言葉の中に秘められた、

大人としての2人の優しさ。


けれど、夢月くんはそれを心から受け止められるでしょうか……。
うう……

うううーーー…………!!

…………。
私も悩んでいる彼の力になりたい……。


お節介かもしれないけれど……

私だからこそかけられる言葉で……。

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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