2節「夢魔と夢想師 2」

文字数 1,852文字

だったら、私も懸けてみても良いかもしれませんね……。同じ境遇の人が近くにいるというのは心強い。
佐藤さんはここに来てから初めて、

少しだけ口角を上げて笑顔を作ろうとしてくれました。

そう言ってもらえると、

ありがたいです。

3人とも、本当に優しい人達です。

それだけは私が保証しますよ。

彼の不安と恐怖を少しでも取り除くため、

私は努めて優しく声をかけました。

分かりました。


あなた達の治療を受けてみようと思います。

先ほどは失礼なことを言ってしまい

申し訳ございませんでした。


夢うさぎ亭の皆さんを信じます。

そうと決まったら、

早速治療に取り掛かりましょう!


どうぞ、こちらへ!

夢月くんが事前に準備した治療室へ、

佐藤さんを招き連れて行きます。


夢想師の施術は、患者が最もリラックスできる環境で行われるべきとされ、治療室が別途用意されているんです。

いつもすまないな。

辛い役回りをさせてしまって。

いえ、こんなことで

お役に立ててるなら全然。

私を気遣ってくれる吏星さんに

本心から言葉を返します。


だってこんなことくらいしか、私にはできないので。

夢想師の治療を受けた人が内部にいるのは、それだけで絶対的な信用に繋がる。
そらちゃんが来てから患者さんとのやり取りは、確実に楽になったよね。

他人の"夢の世界"に入り、夢魔を直接討つ。

言葉ではとても信じてもらえない、おとぎ話の世界のような治療。


夢想師たる彼らは、それをまず患者さんに

受け入れてもらうまでが大変だと言っていました。


だから私は、自分のできることを真っ当させてもらっているだけ。

…………。

けれどそれは……仕事だからという理由で

引き受けているわけではありません。

この夢うさぎ亭に来て、私は救われた。

救ってくれたのは他でもない、彼らだった。


その事実をより多くの人に知ってもらいたい。

それ以上の気持ちは、今の私にはありません。

フフッ。

ありがとう、そらちゃん。

……そう。

半年前の私は正に、毎日見る悪夢に

悩まされる患者の1人でした。


夢想師の治療を受けられたからこそ、

私は今こうしてここに立てています。

…………。
最初は信じがたい話ばかりで

私も不安だらけだったけど……


この3人だったから任せることができたと思います。

何もかも嫌になって、普通に眠るのすら怖くなっていたのに……彼の優しさが、私を安らかな夢の世界に連れて行ってくれました。
――佐藤さん。眠ってくれたよ。
治療室で仕事を終えた夢月くんが

静かに扉を開けて帰ってきました。


患者さんを安心させて安らかな眠りに導き、

夢の世界への道筋を作るまでが彼の仕事です。

すごく仕事のことでストレスを

溜めていたみたい。

なのに、周りにも分かってもらえなくて。"仕事一筋なせいで家庭を省みてない"って責められて……。
この人柄が悪夢に苦しんでいる人にさえ、

良い夢を見せられる。


"患者を絶対に安心させられる"というのは、

夢想師としてすごい才能なんだそうです。

よくやった早乙女。

あとは任せろ。

う、うん……。
夢月くんと入れ替わる形で、

吏星さんが治療室へと歩みを進めます。

…………。
夢月くんが患者さんを眠りに導き、

吏星さんが直接治療をする。


これが夢うさぎの王道パターン。

自分が治療を受けた、あの日の衝撃を思い出します。

私のことを全て理解しようと努力してくれる彼の実直さが、夢魔に立ち向かう勇気をくれました。
あ、そう言えば部屋に置いてあった熊のぬいぐるみ……すごい大事そうに抱えて眠ったよ。あれはなに?
……調査の結果、佐藤 アキラは幼くして母親を亡くしているのが分かった。熊のぬいぐるみが数少ない母親との思い出らしい。
オリジナルは独立を機に強がりで捨ててしまったようだが……今回はそれと全く同じタイプのものを用意して配置した。
吏星さんは、患者さんが夢の中に入って行きやすいよう、治療室の環境をその人に最も合った状態に彩る仕事もしているんです。
心が弱った時は、そういうものが恋しくなるものだろう。少しでも心の支えになればと思ってな。
そうなんだ……そうだったんだ……。

本人曰く「人付き合いが苦手だから、物理的に安堵してもらうしかない」そうなのですが……。


本当はとっても相手のことをよく考えている人だと知った私は、もっと彼の本心が色んな人に伝わってほしい……と思っています。

…………。

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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