15節「明日を照らす光 4」

文字数 1,894文字

僕……このままが……
……このままが良いの。
悲痛な面持ちで、ヨウタくんは言葉を紡ぎ始めました。


今の彼はただワガママを言う、普通の男の子。

そのはずなのに、私にはとてもそう思えませんでした。


何か暗いものを抱える人に、年齢の差は関係ない。

そういうことなのかもしれません。

ど、どういうことだ……?

僕ね……毎日嫌な夢を見て……

本当はすごく……怖かったんだ……。

毎日怖くて……いやでいやで……

寝たくないって思った……。

初めて聞くヨウタくんの「怖かった」という言葉。


もちろん私達はその気持ちに気付いてはいましたが、その事実と彼が自分から気持ちを口に出すことは、全然意味合いが違うと思います。


しかし……

…………。
だとすれば夢魔が祓われれば、

その恐怖からは解放されるはずなんです。


それなのに……

ヨウタくんは「このままが良い」と言いました。

夢魔を守ってまでそうしたい理由が、彼には……。

でも……でも……

そうなってからは……

ずっと……ずっとね……

ヨウタくん……

……そう、か。

ヨウタくんの家族はもう、

お母さんしかいないんでした。


彼女が独りで、必死にヨウタくんを育てている。

でも裏を返せばそれは、ヨウタくんにとって独りの時間が長いということにもなります。

ママがきっと……僕のために頑張ってくれてるって知ってる……

知ってるけど……

僕はママと一緒がいい……

一緒じゃなきゃいやなの……

…………。
夢魔に憑かれたことで、ヨウタくんは不調続きに。


そしてお母さんは、そんなヨウタくんを看病するため、付きっ切りで彼のそばにいるようになった……。


経緯は歪んでいても、その結果ヨウタくんが最も求める時間が生まれた、ということ……。

こいつがいるから、ママがずっと僕と一緒にいてくれるなら……

不調が続くことでお母さんが一緒にいてくれる。

その時間が得られるならば「このままが良い」。


でもその願いが最初からヨウタくんの

心の奥底に眠っていたとしたら……

まさか……前回の治療で攻撃が

"途中から"出なくなったのは……

ヨウタ少年が……

それを望んでしまったから……?

夢月くんの最初の施術が失敗に終わったのは、

ヨウタくんがそう願ったからで……夢月くんのせいじゃない……。


これまでの苦悩も全て私達の見当違いで……

その原因は別にあったことになる……。

……ヨウタ。

…………。

……不穏な静寂が辺りを包みます。


今の夢月くんには、何を言う権利もあります……。


ヨウタくんを怒ることも、叱ることもできる。

責めることも、否定することだってできる立場です。

…………!
…………うう
今後の彼のことを思えば、そうしてあげる

"優しさ"も成立すると言って良い。


選択肢は、無限にあるはずです。

…………。
その中で彼が選ぶのは――
――許容でした。

全てを知った上で、なおヨウタくんの心を受け止める。

お兄ちゃん……

それが全てを乗り越えた夢月くんが、

至って"自然に"選んだ解決策……。

ごめんなさい……

ごめんなさい……

大粒の涙がヨウタくんの顔を伝い、

声は震え、顔はぐしゃぐしゃになりました。


夢月くんはその場にしゃがみこんで、

そんなヨウタくんに目線を合わせて語り掛けます。

良いんだ。

そうやっていっぱいワガママ言えば。

周りにいっぱい甘えれば。

ヨウタはまだ子供なんだから。

誰もお前を、責めたりなんかしないさ。

うっ……うう……

子供には、難しいことは分からなくとも、

心が感じるものに大きな差はないはず。


夢月くんは「子供なんだから」と言いながら、

ヨウタくんを1人の人間として見てあげているように、私には感じられます。

我慢しないで、いっぱいママとお話ししてみよう?  僕はこう思ってるって伝えてみよう?

そしたらきっと、ママのこともっと分かるようになる。ママの気持ちがヨウタにもきっと、伝わってくる。

そしたらヨウタがママを守れるようになるからさ。

うう……

でも……でもぉ……

夢月くんは優しくヨウタくんの頭を撫でながら、

笑顔で彼の心に寄り添って行きます。


同化している私には、彼の心が落ち着いていくのが分かります。でも言葉で解決できるほど、彼の抱えている闇は深くない……。それもまた、分かってしまうのです……。

…………。
…………。
ヨウタくんを優しく受け止めた夢月くんは、

その場から立ち上がり、決意を感じる顔でヨウタくんに背を向けました。

ヨウタ、よく見ておいてくれ。

今から俺がやることを。

絶対に、目を逸らさないで。

え……?

…………。

そして彼が見据えたその先にいたのは――
――息も絶え絶えで痙攣する夢魔の姿でした。


一体、夢月くんは……何を……。

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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