3節「お前はもう、独りじゃない 2」

文字数 1,320文字

夢の世界は個人の心象、欲望の具現だ。

普通なら心を表すものが点在しているんだが、お前にはそれが何一つない。

人が持つべき欲求が

お前にはないということだ。


こういう人間は夢魔に憑かれやすい。

な、なるほど……?
欲求……。


誰かと足並みを合わせるためではなく、

私自身がしたいこと……。


考えたこともありませんでした……。

そもそも夢とは、古代より、肉体から飛び出した魂の経験であり、神や悪魔からの接触であるとされていた。現代では科学が発展し、霊的なものであるという認識は薄まったが、夢占いといったスピリチュアルな価値観は残っている。これはバビロニアの治世より引き継がれてきた解釈技法が変化したもので――

ちょ、ちょっと待ってください!

――実際に夢魔のような……

ん? なんだ?

ちょっと……何を言っているのかよく……ハハハ……
アンニュイな私の気持ちをかき消そうとするかのように、宝生さんの語りは突然始まります。


面白いし少し和んでしまうんですが、本人はきっとそういう目的で喋っているわけではないのが分かるだけに、複雑な気持ちです。

あぁ……すまん。

できる限り余すことなく情報を伝えたいと思っているだけなんだが……。そうか、これも駄目か……。

す、すみません……。
いや良い。

気付いたことは言ってくれて構わない。

こういうことを言ってもらえる機会は少ないからな。

……良いんですか?

それが当たり前だと言わんばかりに、宝生さんは自然な口調で冷たい内容を話していました。普通の人なら、そのまま流していたかもしれません。

俺は別に淡々と仕事をこなせば良いだけだ。一度空間を固めてしまえば、そう滅多なことでは崩壊しない。


だから、別にコミュニケーションを取る必要なんてない。

けれど彼は……


あえて平然とした顔をしている。

そう答えることに慣れている。


私にはそう見えてしまいました。

本心ではきっと、この人はそう思っていない。

何となくそう思ったんです。

……でも――

早乙女が上手くやってくれているし、いざとなれば紫吹もいる。


役割分担をしっかりするのは仕事を円滑に進める上で重要、それだけのことだ。

――少し、地面が揺れたような気がしました。私の心が震えたからかもしれません。


この人もこの顔をするんだ。

この空虚な笑顔を、他人に向ける人なんだ。

そのショックが私の心を苛みました。


彼の笑顔は夢月くんほど分かりやすくはない"それ"だったからこそ、底の知れない闇を抱えているように感じてしまったのです。

……宝生さん、違うと思います。

本当は――

本当は仲良くなりたいんじゃないかって?
え?

……フッ、余計なお世話だ。

つくづく優しい女だなお前は。

だからこそ……か。
え……?
今までよりもずっと真剣な目。

けれど威圧的ではなく、どこか温かさを内に秘めた瞳で、宝生さんは私を見詰めてきました。


驚きはしたけれど、

最初感じていたような恐怖は感じませんでした。

……俺はこう見えて物覚えが悪い。

表も裏も客の顔など一切覚えていないが、お前だけは特別だ。


危なっかしくて目が離せん。

ど、どうして……?
え……?

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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