12節「閉じられた夢 2」

文字数 1,780文字

意識が戻ると、

モノクロの渦潮の中心に私は立っていました。


――いえ、正確には"立っている"わけでは

ないようなのですが……。

――ここは……

今の私は、目や耳を通して情報を

得ているわけではありません。


でも"見える"し"聞こえる"感覚はある……。


五感は存在していないのに"そこにある"ことは

感じられると言いましょうか……。


味わったことのない不思議な感覚です……。

早乙女の心の中だ。

姿形は見えていないものの……

隣りに吏星さんがいるということはすぐ分かりました。


声も聞こえていないのに、

心に直接何かが響いてくる形で、彼の言葉は伝わってきます。


同様に私も彼に、言葉を届けることができるようです。

この時点では、俺もお前も心の状態。

互いに知覚できるだけの存在だ。

今の吏星さんの表情を見ることはできません。

でもその口ぶりから、複雑な気持ちに揺れる彼が

安堵しているのが伝わってきます。

……良かったですね。

…………。

感じるか?

早乙女の心の動きを。

はい……

何となくですけど……

夢想師であればその感じ取ったものを練り上げ、空間を現出する。

共心者はその心の動きを取り込むことで同化する。

……やれそうか?

…………。
ここまで来たのに……

いえ、ここまで来たからこそ……でしょうか。


"本当に私で大丈夫なのか"

そんな不安が私の心を苛み始めます。


私の心が後ろ向きになりかけたその時……

……!

吏星さんが、私に前を向く勇気をくれました。

夢月くんがしてくれたのと……同じように……。

それに相手は早乙女だ。

きっと、天崎が来るのを望んでいるとも。

心の動きから何となく察せられる。
……こいつは嘘が下手だからな。

……はい!

ありがとう、吏星さん……。

吏星さんも乗り越えようとしているんですね……。


――もう大丈夫。

今は私に、任せてください。

…………。
ここが夢月くんの心の中なのなら……

私が掴むべきは、この渦潮の動きそのもの……。


ゆらりゆらりと揺れ動きながらも、

絶対に回ることを止めようとしない。


そんな夢月くんの……心……。

…………。
気持ちを……

想いを……

彼の心の動きに合わせて

私の心を重ねて行きます……。


徐々に……徐々に……

彼の心の内が流れ込んでくるのが……分かります……。

(優しい……温かい……。

やっぱりこんなにも……夢月くんは……)

そんな彼の気持ちや想いに交じり、

彼と相反する全く違う何かが私の中に入ってきます……!


ドス黒く心を抑圧し……

気持ちを鬱屈させるこの感じを……


私は……知っています……。

う……!  あぁ……!!

天崎!!

やはり夢魔による侵食が……!

大丈夫……!

大丈夫です……!

まだ……続けられます……!

クッ……!

(辛い……怖い……



あの時と……同じ感覚……戻ってくる……)

(でも……嫌じゃない……)

――私はもう、

あの頃とは……違うから……!

――頑張れ
――いつも通りの感覚。

――いつも通りの現出。

――いつも通りに俺は……

治療のために夢の世界に入り込んでいた。

成功……か……?

問題なく夢入りが行えたということは、同化は成功している……。

だが――

完成された夢空間は夢想師の庭。

精度が高ければ、夢魔や本人を含むあらゆるものの場所を特定できる。


――いつも通りであれば……

――やはり天崎の存在を知覚できない。

……いや、天崎だけでなく早乙女自身も、か。

同化が成功すれば、患者も共心者も

夢の世界で共に活動できるはず……。

――それにこの空間……。

一瞬だけ空間が乱れ、全体が滲んだ。


すぐに空間は元通りの精巧さを取り戻したが、

よく見ると乱れの余韻が波打っているのが分かる。

…………。

正確な夢空間を現出できないなど、

これが初めてのこと……。


そして、指の先に微かに痺れるような感覚がある。

どうやら行動も完璧というわけには行かないないらしい。

同化は成立しているが、完全ではない……ということか。
(天崎……まだ戦っているんだな……)
……状況の把握は完了した。


この夢空間の中に天崎と早乙女がいるのか、

あるいは"心の外側"に放り出されているのかは定かではないが……


まずはこの一帯を探索し、合流を図ろう。

その過程で夢魔を知覚できれば、先に駆除して――

――――ッ!?
なにッ……!?

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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