10節「すれ違う 4」
文字数 2,758文字
拳を叩き付けようとしていた。
カッとなって手が出るなんてこと、
今まで生きてきて一度だってなかったのに。
俺の拳を掌で受け止めた。
これで結構、力があるんだよな……。
沈んだ顔の夢月くんと、いつもより鋭い目をした吏星さんでした。
至近距離で何か話をしているようです……。
一瞬、目を大きく見開いて時が止まったかのように静止した夢月くんは、耐え切れずに夢うさぎから走り去ってしまいました。
吏星さんが今必要なことを言っているのは、
分かります。
ヨウタくんを救うのにも……
夢月くんを奮い立たせるのにも……
言い方はきついかもしれないけど、普段から私たちに愛を持って接してくれていることも、分かっています。
――けれど……
こんなのおかしい。
今の吏星さんはおかしい。
そう言わなくてはいけないと思いました。
たとえ彼を傷付けることになっても……
伝えなきゃ……行動しなきゃ……
そうしなくちゃきっと2人は――
夢うさぎはこのまま駄目になってしまう……!
そう思った時、私は今まで出したことがないような大きな声で、吏星さんに思いの丈をぶつけていました。
――ううん、私がしたいのは、
2人の関係が壊れないよう動くこと。
吏星さんにしたのと同じように、
夢月くんにも私のできる精一杯を伝えて……
分かってもらわなきゃ……!
その想いだけを原動力に、
私はお店を出て走り出しました。
早乙女の指導方針を見誤ったからこそ、
俺が今ある問題を解決しなければならない。
それが果たすべき俺の責任……
そのための最高の解決策……だった。
少なくとも……俺の中では。
核心を突いて俺の心を抉ってくる。
……当たり前だ。
曲がりなりにも、こいつは俺を
夢想師に導いた人間なのだから。
紫吹に頼らず、早乙女を一人前にする。
それが俺が次に掲げた自分への課題だった。
それがこの体たらく。
早乙女とは軋轢を生み、天崎を怒らせ、
挙句の果てに患者を危険に晒している。
お店にいた時よりもずっと悲痛な面持ちで……
今にも消えてしまいそうなくらい
か細い声で私の名を呼びました。
私が少しでも……助けてあげないと……!
繋がりませんでした。
私が言おうとしたこと全て、
夢月くんは理解してしまっていたから。
理解した上で、彼は自分を傷付けてしまっていたから。
――どうして……
どうしてそれだけ心が弱っているのに……あなたは笑えるの……?
私の気持ちを感じ取って……?
私が悲しまないように……?
どうして……あなたは……
こんなにも私のことを考えてくれる彼に
自分を犠牲にして傷付いてしまう彼に
一体何をして……あげられるのでしょう……。
自室のベッドに倒れこんでいた。
もう何も考えられない。
何にも気を遣えない。
ただ"全て自分のせい"という実感だけが、
俺の心を犯して行った。
真実を知っていれば結果は変わったんだろうか?
……いや、知ったら俺はきっと、
治療に挑むこと自体を拒否してしまっただろう。
だから、この結果は変わらない。
俺が俺である限り……きっと……。
夢うさぎにいたのが俺じゃなければ……。
もっと吏星と蓮夜のパートナーにふさわしい
優秀な夢想師だったら……
涙で顔をぐしゃぐしゃにし、口から懺悔の言葉を吐き続けているうちに、俺の意識は闇へと溶けて行った。
あぁ……
またきっと……あの夢を見る……。
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