10節「すれ違う 4」

文字数 2,758文字

――気付くと俺は、吏星の顔面目がけて

拳を叩き付けようとしていた。


カッとなって手が出るなんてこと、

今まで生きてきて一度だってなかったのに。

…………。
吏星は眉一つ動かさず、

俺の拳を掌で受け止めた。


これで結構、力があるんだよな……。

どうしてあんなこと言ったんだ!

ヨウタを苦しめるようなことして! どういうつもりだよッ!!

……ヨウタ少年は明らかに嘘をついていた。本音を隠されては夢魔の侵食が加速する。分かっているだろう。
それはヨウタが子供だから……!
違う。

ヨウタ少年は、全て理解した上で嘘を言った。俺には分かる。

え……?
母親を苦しめまいとして、自分の本音を覆い隠した。誰かのために自分を犠牲にすることを選択したんだ。
…………!
それを強いられる環境がどれだけの不幸か、お前に分かるか早乙女?
…………。
(……!)
――私が追いついた時に目に入ってきたのは、

沈んだ顔の夢月くんと、いつもより鋭い目をした吏星さんでした。


至近距離で何か話をしているようです……。

俺は……
自分の尺度で他人を測るな。考えろ。人が持つ自分だけの世界の存在を。
それができないから……
――――――――
――吏星さんからの酷く冷たい一言。


一瞬、目を大きく見開いて時が止まったかのように静止した夢月くんは、耐え切れずに夢うさぎから走り去ってしまいました。

夢月くん……!
放っておけ。

今は1人にしておいた方がいい。

――――――――

吏星さんが今必要なことを言っているのは、

分かります。


ヨウタくんを救うのにも……

夢月くんを奮い立たせるのにも……


言い方はきついかもしれないけど、普段から私たちに愛を持って接してくれていることも、分かっています。


――けれど……

どうしてそんな言い方しかできないんですか!?  それじゃあ伝わるものも伝わりませんよ!?
あ、天崎……!?

こんなのおかしい。

今の吏星さんはおかしい。


そう言わなくてはいけないと思いました。

吏星さんが優しい人だって……

ちゃんと考えてる人だって……

もっとちゃんと伝えられると思うのに……!

たとえ彼を傷付けることになっても……

伝えなきゃ……行動しなきゃ……


そうしなくちゃきっと2人は――

夢うさぎはこのまま駄目になってしまう……!


そう思った時、私は今まで出したことがないような大きな声で、吏星さんに思いの丈をぶつけていました。

……私、追いかけます!

伝えてきます、夢月くんに!

今私がしなければいけないのは……


――ううん、私がしたいのは、

2人の関係が壊れないよう動くこと。


吏星さんにしたのと同じように、

夢月くんにも私のできる精一杯を伝えて……

分かってもらわなきゃ……!


その想いだけを原動力に、

私はお店を出て走り出しました。

…………。
――ベストを尽くしたはずだった。


早乙女の指導方針を見誤ったからこそ、

俺が今ある問題を解決しなければならない。


それが果たすべき俺の責任……

そのための最高の解決策……だった。


少なくとも……俺の中では。

――なに、また失敗したの?
……ヨウタ少年は?
泣き疲れて眠ったよ。

あの感じだと今日はマシなんじゃないかな。

……まったく、やり方は正しいけど下手クソなんだよ吏星は。
時たま紫吹の言葉は、

核心を突いて俺の心を抉ってくる。


……当たり前だ。

曲がりなりにも、こいつは俺を

夢想師に導いた人間なのだから。

……そうなのかもしれんな。

紫吹に頼らず、早乙女を一人前にする。

それが俺が次に掲げた自分への課題だった。


それがこの体たらく。

早乙女とは軋轢を生み、天崎を怒らせ、

挙句の果てに患者を危険に晒している。

…………。
行かなくていいの?
……どうせ俺が行っても、逆効果なだけだ。
――お前ももう帰れ。

この件が片付くまで、しばらく表も休みにする。

俺も……独りで考えたいのでな。
どうして俺はこう……いつも……
…………。
やれやれ。

本当何もかも悪手だねぇ。

やっぱり敬意や信頼ってのは厄介だ。

それだけで言いたいことも言えなくなってしまうから。

何もなければ、苦労せずとも互いに互いを埋め合えたはずなのにね。
……どうしてこう人生は上手く行かないのでしょーか?
……だからこそ、俺達は生きたいって思い続けるのかもしれないな。
……ここは――
(…………いた!)
そらか……。
振り返った夢月くんは、

お店にいた時よりもずっと悲痛な面持ちで……


今にも消えてしまいそうなくらい

か細い声で私の名を呼びました。


私が少しでも……助けてあげないと……!

夢月くん聞いて……!

その……吏星さんは――

分かってるよ。
え?
……分かってるんだよ。

吏星が考えなしに行動する奴じゃないってことくらいさ。

俺に何も言わなかったのも、

ヨウタにきつく言ったのも……

全部理由があることなんだって、

分かってるんだ。

夢月くん……
なのに、俺はただ熱くなって何も聞かないで……吏星にも酷いこと言っちゃった。

俺が失敗さえしなければ、こんなことにはならなかったんだし。

そんなことない……

そんなことないよ……

……どうしても彼に向ける言葉が

繋がりませんでした。


私が言おうとしたこと全て、

夢月くんは理解してしまっていたから。


理解した上で、彼は自分を傷付けてしまっていたから。

…………。

ありがとう、そら。

けど、今は本当……独りにさせて。
ごめん、ワガママ言って。
夢月くん……!
…………。
――――――――

――どうして……

どうしてそれだけ心が弱っているのに……

あなたは笑えるの……?


私の気持ちを感じ取って……?

私が悲しまないように……?


どうして……あなたは……

(何も……)
(何も言ってあげられなかった……)

こんなにも私のことを考えてくれる彼に

自分を犠牲にして傷付いてしまう彼に


無力な私は……

一体何をして……あげられるのでしょう……。

――家に着くとそのまま

自室のベッドに倒れこんでいた。


もう何も考えられない。

何にも気を遣えない。


ただ"全て自分のせい"という実感だけが、

俺の心を犯して行った。

……俺が失敗さえしなければ。
ヨウタが……死ぬ……。

助けられた……はずなのに……。

真実を知っていれば結果は変わったんだろうか?


……いや、知ったら俺はきっと、

治療に挑むこと自体を拒否してしまっただろう。

俺のせいで……

俺の……せいで……

だから、この結果は変わらない。

俺が俺である限り……きっと……。

夢うさぎにいたのが俺じゃなければ……。


もっと吏星と蓮夜のパートナーにふさわしい

優秀な夢想師だったら……

――ごめん、なさい
ヨウタは……助かったのに……。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――

涙で顔をぐしゃぐしゃにし、口から懺悔の言葉を吐き続けているうちに、俺の意識は闇へと溶けて行った。

あぁ……

またきっと……あの夢を見る……。

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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