4節「挑戦 3」

文字数 2,016文字

ヨウタくんが連れてお母さんがお店を出るとすぐに、夢月くんが「理解できない」といった顔で、吏星さんに問い掛けました。
治療は上手く行かなかったのか!?
……夢空間の現出を拒絶された。


残念だが、

今のままでは手の施しようがない。

拒絶……!?

俺の施術が不完全だったってこと……!?

違う。

心へのパイプは問題なく繋がっていた。にも関わらず空間の現出が拒絶されてしまった。

失敗ではなく拒絶、なんだね?
蓮夜さんが、吏星さんの言葉の中から、

細かいところを切り取って指摘しました。

あぁ。
そっか、なるほどね……。
その意味が私には分かりませんが……。
あの……吏星さんで駄目だったなら、蓮夜さんにも試してもらえば……?
いや吏星で無理なら僕でも無理だろうね。夢空間の現出については、僕より吏星の方がよっぽど精度が高いし。
それに拒絶されたとなるとより厄介だ。夢の世界に入られることを、彼が本質的に嫌がっているってことだから。
どういうことですか?
拒絶……。

その言葉が意味するところが、吏星さんが蓮夜さんに相談することもなく、ヨウタくんの治療を中断してしまった理由なのは間違いないようです。

前に話したと思うが、夢想師の治療には互いの間に強い共感触を生む必要がある。

早乙女はその言葉や心で"気持ち"を。

俺は環境を整えることで"精神"を。

紫吹は身体に触れることで"感覚"を。


それぞれ違った得意分野を持っているわけだが……

他人の夢に入って行くというのは、口で言うほど簡単な話じゃない。


この段階で相手に嫌われてしまうと、心を繋ぐパイプを作ることができず治療を行えない。

だから夢月ちゃんみたいな夢想師は重宝される。その人柄だけで既に大きいアドバンテージを得ているわけだからね。
そ、そうだったんだ。
夢月ちゃんの仕事ぶりには感謝してるんだよ~?    僕も、もちろん吏星もね。
しかしこういった個人的な好き嫌いは、パイプを繋ぐ時のみに影響する。


一度パイプを繋いでしまえば、

夢空間の現出には一切関係しない。

それなのに、ヨウタ少年には現出その物を拒絶された。通常であればこんなことはありえない。
つまり夢月くんがヨウタくんと共感覚を得て、

完璧な状態でパイプを繋いだはずなのに、

何かが原因で現出に着手できなかった。

つまりヨウタ君の心その物が"受け入れられない要素"を僕らが持ってしまっているってことだと思う。
不完全な彼の心ではまだ理解できていないような決定的な何かが、阻害になっているはずさ。
どんなに空間の現出が得意な吏星さんでも、

そもそも実行できないのでは手の打ちようがない。


そしてそれを邪魔しているものが存在する……ということのようですね……。

その何かというのは……?
相手が大人であれば本人に聴き取りをして解決することもできるが……


年端も行かない少年からそれを聞き出すのは、いくら早乙女でも無理だろう。

そもそも子供自身がそれに気付いていない可能性が高い。念入りな身辺調査で事実確認をする必要がある。
な、なるほどなぁ。
原因が分からない以上、情報を手に入れて100%に近い答えを得られるまでは、ヨウタくんの治療を行うことはできない。


その間にも彼は、夢魔に憑かれた恐怖と苦痛を……味わい続けなければならないのに……。

……けど、分かったところで必ずしもどうにかできるわけじゃないよ。
それが僕らに解決できないような内容だったら、彼の治療は事実上不可能になってしまう。
!?
一連の話を聞いて完全に意気消沈していた夢月くんは、蓮夜さんのその一言に勢いよく反応し、彼の顔を大きく見開いた目で捉えました。
最悪そうなるね。
俺、やだよそんなの!

何か確実な方法はないのか!?

…………。
蓮夜さんは黙ったまま口を開きません。


いえ、正確には……答えようとしていない。

答えを持っているのに、あえて口を閉ざしている。


私にはそのように感じられます。

…………。
同様に黙ったまま何かを考え込む吏星さん。

その姿を一瞥した蓮夜さんは、夢月くんではなく吏星さんに向けて、言葉を発し始めたのです。

……吏星。

こうなってしまった以上、

避けて通ることはできないよ。

それに強い子を育てるのには、

崖から突き落とすことも必要だしね。

……そうか。
蓮夜さんの言葉に耳を傾けるも、

吏星さんは彼と目を合わせることはありません。

そうだな。
しかし彼は、その言葉を受け入れることを

選んだようでした。

え? なに?
拒絶を起こした人間の夢に、

条件問わず入り込める方法が1つある。

マジかよ!

あるならそれやってみようぜ!

それは……
ここに来て、一瞬だけ躊躇うように

口を閉ざした吏星さん。


その後はより強い決意を込めた瞳で、

夢月くんに自分の考えを告げて行きます。

価値観を超えた関係を築ける人間が施術を行うこと。


強力なパイプを繋いだ者が、1人でそのまま夢の世界にアクセスすることだ。

…………へ?
……え?

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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