1節「”夢うさぎ”の人々 3」

文字数 1,560文字

おばあちゃんこそ元気そうで何より。

今日は何にする?

夢月くんは、レジ近くの席で1人座っている

ご老人のオーダーを取りに行っています。


話の内容は私にも漏れ聞こえてきました。

そんなことよりこの髪飾り見ておくれよ。

孫が私のためにってわざわざ遠くから

送ってくれてねぇ。

そうなんだ、見せて見せて。
わぁすごい、

これ手作りじゃないの?

そうみたいだねぇ。

孫は昔から手先が器用でねぇ…。

こんなこともできるようになったんだねぇ。

夢うさぎには、こういった話し相手を求めて

来店される方も少なくありません。


そして何でも一生懸命聞く夢月くんは、

そんな方々からすごく人気があります。

きっとおばあちゃんのために

できるようになったんだよ。


これをプレゼントしたくて、

一生懸命練習したんだって。

他人の気持ちに自然に寄り添える彼の言葉は、

寂しさを抱えた人たちの心を打つようです。


そのおかげで、このお店は常連のお客さんが

非常に多いお店に成長しました。

そうなのかねぇ。

そうだとしたら嬉しくて……


……泣けてきちゃうねぇ。

……俺、写真撮ってあげるからさ!

それお孫さんに送ってよ!

でも気持ち一辺倒になった夢月くんはだいたい……
仕事を忘れて、全力でお客さんの力に

なろうとしてしまいます……。

あ、夢月くん!


(自分のスマホで撮っても

意味ないんじゃ……)

声をかける間もなく、物凄い勢いで夢月くんは

スマホを取りに走り去ってしまいました……。

…………。
次のオーダーを運ぼうとしていた吏星さんと

夢月くんがすれ違い……。


吏星さんは「またか」という顔をしています……。

…………。
……天崎、

何か注文だけ取ってきてくれないか。

流石に何も頼まない人間に居座られるのはまずい。

わ、分かりました。
状況を察した吏星さんは、

私にいつも通りの指示を飛ばします。


私もそれを慣れた流れでこなすのですが……

今日はふとその"いつも通り"に1つの疑問が湧いてきました。

……そう言えば。

吏星さんって絶対にお客さんに帰れって言わないですよね。

誰に対しても厳しい態度の吏星さんですが、

その裏で、どんなに困ったお客さんが来ても 

邪険にしたことはありません。


そのことについて、聞いてみたくなったのです。

そんなこと言えるわけないだろう。

皆、この店を楽しんでくれているには違いないんだ。

その問い掛けに対して吏星さんは、

想像通りの答えを私にくれました。


それが
彼が苦労しがちな原因でもあるのですが、

逆に吏星さんの、最も素晴らしいところの1つでもあると断言できます。

……そうですね。

行ってきます!

夕方5時。

カフェ夢うさぎは閉店します。


夜営業の要望もあるのだけれど、

それは理由があってできません。

はー、今日も終わった~。
ちょっと流行りすぎなんじゃないかな。

このままだと色々支障が出そう。

休んでいる暇はないぞ。

すぐに"裏"の準備に取り掛かる。

吏星さんが、店の裏にあるプリンターから

書類を数枚手に取り、バインダーに挟みます。

おっ、今日は予約が入ってるんだっけ?
あぁ、事前メディカルチェックシートが来ている。見たところによると、研究者として働く男性のようだな。

仕事の重圧でって感じか。

まぁよくあるパターンだね。

大変だなぁ大人って。
一通り目を通した吏星さんが、

ほんの少しだけ顔を顰めたのが分かりました。

"夢魔"に憑かれて日が浅いわけではなさそうだ。早く解放してやらなくては。
そうだね。

悪夢にうなされて、仕事どころじゃなくなってるだろうし。

それじゃ、参りましょうか。
あぁ。
閉店後に開かれるもう1つのお店――
始めるぞ、"夢想師"の仕事を。
悪夢から人々を救う……


"夢うさぎ亭"の夜が始まります。

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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