10節「すれ違う 1」

文字数 2,500文字

治療室をヨウタ少年用に整えた。

あの部屋にいれば、じきに目を覚ますはずだ。

あ、ありがとうございます……

ありがとうございます!

ヨウタくんのお母さんは、

走って治療室に向かいました。


普段なら制止するはずの吏星さんも、

今日は無言でそれを見送ります……。

…………。
ど、どういうこと?

ヨウタが目を覚まさないのは、

夢魔のせい……なんだろ?

…………いや
まぁ、恐れていたことが現実にって感じ?
あからさまに何かを濁そうとする吏星さん。

それをどこか諫めるように、蓮夜さんが口を開きました。

紫吹……!
…………。
なんだよ……?

2人とも何か知ってたのかよ……!?

…………。
この話覚えてる?  夢月ちゃん。
…………。
押し黙る吏星さんを差し置いて、

蓮夜さんが話を続けます。


普段であれば、在り得ない状況です。

え……?

まぁ一応……

同行者を認めない決まりがあったのは、子供に夢魔が憑かないから。夢月ちゃんはきっと、そう思っているよね?

保護者が必要ない年齢にならないと

夢魔には憑かれない。


だから秘匿をより万全にするために

同行者を認めないようにしている。


前確認したのは、確かそのような話だったはずです……。

ち、違うのかよ……?
うん、全然違う。
え?
正確には、子供に夢魔は憑かない"ことにした"だからね。
ど、どういうこと?

わけ分かんないよ!

…………。
……重苦しい沈黙が夢うさぎを包みます。


蓮夜さんが言っていることの意味が

私にも分かりません……。


今までの話が違うのだとしたら……

それ以外に、一体どんな理由が……

調査したところ……
観念したとばかりに、吏星さんが

状況の説明を始めます。


先導した蓮夜さんは黙りこくり、

壁にもたれかかっています。

ある一時を境に、全く記録がされなくなり……それ以降、子供には夢魔が憑かないとされるようになっていた。
本部はそれを、人間の心の性質の変化によるものと説明しているが……。今でもこうしてヨウタ少年には夢魔が憑いている。
つまり、子供の患者が完全にいなくなったわけではない……はずだ。
それって……まさか……
今まで夢魔に憑かれた子供を……

無視し続けてきた……?

何らかの意図があって、本部は子供の症例を隠匿し始めたと考えられる。その大きな理由の1つが……
子供に憑いた夢魔を治療できる夢想師がいなかったこと。
そうだ。

さらにもう1つ……

な、なんだよ……?
前にも言った通り、夢魔は子供からは生きるための苦痛を摂取できない。だから奴らは異常種、ただ侵すためだけに子供に憑いていることになる。
そして不完全な子供の心では長い期間、夢魔の侵食に耐えられず……治療の手段を探す時間がないままにリミットを迎えてしまう。
――リミット……?
そんなことになれば、各部署の沽券に関わる。患者を見捨てたレッテルを貼られて、最悪廃業だ。
だったら、そんな異分子は最初からなかったことにしてしまえばいい。余計ないざこざを生まないために、当時の連中はそう判断した。
こうして子供の治療は、成功失敗関係なく記録されなくなりましたとさ。それに異を唱える者はいなかったみたい。元々症例は少なかったわけだしね。
ひどい……!
子供の治療は普通の夢想師にはできず……

その手段を探すための時間もない……。

そして彼らは進んで自分の手を汚さない……。


だからって……こんな……

……人を見捨てるってのは本来、責められるべきことだよ。でも皆で揃って見捨てれば、簡単に"必要な犠牲"にできてしまう。

それがこの世の中の真実さ。

…………。
夢想師は世間から隠された存在だから……

内情を誰かの都合の良い形に整えられる……。


仮にそれが必要な犠牲だったとして……

でもじゃあ……それに巻き込まれた人たちは……

待ってくれよ……。リミット……?

リミットって何なんだよ……? 

このままだとヨウタはどうなっちゃうんだよ!?

そう、私たちの前には今ヨウタくんが、

助けなければならない人がいます。


私たちにとって重要なのは、それだけです。

…………。

だから知らずに避けては通れない……。

彼がこれからどうなるのかを……。

…………。
…………。
!!

予想もしていなかった最悪の……

いえ、もうこれは……想像していた通りに……最悪の……

夢魔に心が侵されすぎた者は、自我を保てなくなり脳を停止させる。その後は――
どうして……
結論を聞いた夢月くんは怒りに任せて、

テーブルに拳を叩きつけました。

そ、それは……
知ってたんだろ!!  最初からずっと!!

なのに俺にだけ……俺にだけ黙ってて……!!

責任がある自分に、最悪の情報が隠されていた。しかも結果的に、それを"自分が失敗してから"聞かされた。夢月くんが怒るのは当然の状況です。


しかし……

…………か――
確証がなかったんだ!

曖昧な情報は仕事の阻害になる!

調査にどうしても時間が必要だった!

それに……ッ!
それに……なんだよ?
……くッ!!
仮に最初から吏星さんが知っていたとして、

夢月くんにそれを言えるはずが……。

…………。
自分の正直な気持ちを伝えて

あげれば良いだけなのに……。


吏星さんは何故だか、いつもそれを躊躇います。

……記録に残らないからか?
その躊躇いが、より悪い結果を招くこともあるのに……。
別に失敗しても成功しても関係ないから?
ち、違う!!
何が違うんだ!

そういうことだろ!!

俺はお前を……信じて……!
吏星はいつもそうだ!

いつもいつもいつも!  俺には大事なことを話してくれない!!

早乙女……!
どうせ俺のことなんて、

どうでもいいと思ってんだろ!!!!

――――!!
あ……
皆さん!

ヨウタが目を……!

!!
ヨウタ……!!
む、夢月くん!
治療室に向かって駆け出した夢月くんは、

初めて見るような険しい顔をしていました。


それを見てとても放っておくことはできず……

私はすぐに夢月くんの後ろを追いかけました。

…………。
……まるで鏡だね、吏星。
……黙れ。

今はそんなこと関係ない。

治療のことだけを考えろ。

…………。
……誰が誰のとは、

言ってないけどね。

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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