10節「すれ違う 1」
文字数 2,500文字
治療室をヨウタ少年用に整えた。
あの部屋にいれば、じきに目を覚ますはずだ。
あ、ありがとうございます……
ありがとうございます!
ヨウタくんのお母さんは、走って治療室に向かいました。
普段なら制止するはずの吏星さんも、
今日は無言でそれを見送ります……。
ど、どういうこと?
ヨウタが目を覚まさないのは、
夢魔のせい……なんだろ?
あからさまに何かを濁そうとする吏星さん。それをどこか諫めるように、蓮夜さんが口を開きました。
押し黙る吏星さんを差し置いて、蓮夜さんが話を続けます。
普段であれば、在り得ない状況です。
同行者を認めない決まりがあったのは、子供に夢魔が憑かないから。夢月ちゃんはきっと、そう思っているよね?
保護者が必要ない年齢にならないと
夢魔には憑かれない。
だから秘匿をより万全にするために
同行者を認めないようにしている。
前確認したのは、確かそのような話だったはずです……。
正確には、子供に夢魔は憑かない"ことにした"だからね。
……重苦しい沈黙が夢うさぎを包みます。
蓮夜さんが言っていることの意味が
私にも分かりません……。
今までの話が違うのだとしたら……
それ以外に、一体どんな理由が……
観念したとばかりに、吏星さんが状況の説明を始めます。
先導した蓮夜さんは黙りこくり、
壁にもたれかかっています。
ある一時を境に、全く記録がされなくなり……それ以降、子供には夢魔が憑かないとされるようになっていた。
本部はそれを、人間の心の性質の変化によるものと説明しているが……。今でもこうしてヨウタ少年には夢魔が憑いている。
つまり、子供の患者が完全にいなくなったわけではない……はずだ。
今まで夢魔に憑かれた子供を……無視し続けてきた……?
何らかの意図があって、本部は子供の症例を隠匿し始めたと考えられる。その大きな理由の1つが……
子供に憑いた夢魔を治療できる夢想師がいなかったこと。
前にも言った通り、夢魔は子供からは生きるための苦痛を摂取できない。だから奴らは異常種、ただ侵すためだけに子供に憑いていることになる。
そして不完全な子供の心では長い期間、夢魔の侵食に耐えられず……治療の手段を探す時間がないままにリミットを迎えてしまう。
そんなことになれば、各部署の沽券に関わる。患者を見捨てたレッテルを貼られて、最悪廃業だ。
だったら、そんな異分子は最初からなかったことにしてしまえばいい。余計ないざこざを生まないために、当時の連中はそう判断した。
こうして子供の治療は、成功失敗関係なく記録されなくなりましたとさ。それに異を唱える者はいなかったみたい。元々症例は少なかったわけだしね。
子供の治療は普通の夢想師にはできず……その手段を探すための時間もない……。
そして彼らは進んで自分の手を汚さない……。
だからって……こんな……
……人を見捨てるってのは本来、責められるべきことだよ。でも皆で揃って見捨てれば、簡単に"必要な犠牲"にできてしまう。
夢想師は世間から隠された存在だから……内情を誰かの都合の良い形に整えられる……。
仮にそれが必要な犠牲だったとして……
でもじゃあ……それに巻き込まれた人たちは……
待ってくれよ……。リミット……?
リミットって何なんだよ……?
そう、私たちの前には今ヨウタくんが、
助けなければならない人がいます。
私たちにとって重要なのは、それだけです。
だから知らずに避けては通れない……。
彼がこれからどうなるのかを……。
予想もしていなかった最悪の……
いえ、もうこれは……想像していた通りに……最悪の……
夢魔に心が侵されすぎた者は、自我を保てなくなり脳を停止させる。その後は――
結論を聞いた夢月くんは怒りに任せて、テーブルに拳を叩きつけました。
知ってたんだろ!!
最初からずっと!!
なのに俺にだけ……俺にだけ黙ってて……!!
責任がある自分に、最悪の情報が隠されていた。しかも結果的に、それを"自分が失敗してから"聞かされた。夢月くんが怒るのは当然の状況です。
しかし……
確証がなかったんだ!
曖昧な情報は仕事の阻害になる!
調査にどうしても時間が必要だった!
仮に最初から吏星さんが知っていたとして、夢月くんにそれを言えるはずが……。
自分の正直な気持ちを伝えてあげれば良いだけなのに……。
吏星さんは何故だか、いつもそれを躊躇います。
その躊躇いが、より悪い結果を招くこともあるのに……。
吏星はいつもそうだ!
いつもいつもいつも! 俺には大事なことを話してくれない!!
どうせ俺のことなんて、どうでもいいと思ってんだろ!!!!
治療室に向かって駆け出した夢月くんは、初めて見るような険しい顔をしていました。
それを見てとても放っておくことはできず……
私はすぐに夢月くんの後ろを追いかけました。
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