3節「”外”からの来訪者 2」

文字数 2,133文字

招待状を持ったまま、少し眉間に皺を寄せて

吏星さんが私たちの元へ戻ってきました。


何か問題が……?

この招待状、お前自身のものではないな?
は、はい、そうですが……。
それは困る。

ここで治療を受けられるのは本人だけだし、付き添いは認められていない。

淡々と事実を告げてくる吏星さんを前に、

女性はかなりおどおどしてしまっています。


けれど彼女はそんな状態でも、この状況に

立ち向かう意思を失いません。

いえ、その……招待状? をくれたお医者様が特例として認めるって……。
なに……?
とりあえず本人を連れてきてもらおうよ。話はそれからさ。
蓮夜さんが、コミュニケーションが破綻する

ギリギリで口を挟み、空気を変えました。

分かりました。

車で待たせているのですぐ連れてきます。

女性は涙目になりながら店を出て、

本当の患者を呼びに戻ります。


その顔にはどんな感情よりも大きな

不安が滲み出ていました。

夢想師の治療は施術者と患者の間でだけで秘匿される決まりだ。医者の判断で例外をそう易々と作られては……
吏星さんはこの状況に不満を

隠し切れないようです。


確かに普段から彼は「夢想師の仕事は一般的なものではないからこそ、ルールが重んじられる」と、真剣に語っています。

……違うと思うよ吏星。
でも蓮夜さんは、どうやら今の状況を

呑み込めているようです。


そして実は私も"普通に考えれば"……

という答えは持っています。

そもそもそのルールが何故存在してるか、考えたことはある?
なんだと?
その蓮夜さんからの突然の問い掛けに、

お店を包む空気は固まりました。

……守ってほしいから

作られたんじゃないの?

そうだね夢月ちゃん。

決まりは守るために作られる。

けれど、それは逆に言うと――
「その決まりを守れない人はいない」

蓮夜さんの言葉が意味するところは分かりませんが、その言葉のニュアンスから、これから訪れる患者さんの正体は想像ができました。

お待たせしました。
この子が患者の……

息子のヨウタです。

女性が連れてきたのは、まだ年端も行かない少年。

彼女の息子の……ヨウタくんでした。

な……!?
……ほらね、そういうこと。

固定観念に縛られちゃいけないよ、吏星?

クッ……確かに……!

だがこれは……

ど、どうしたんですか?

吏星さんはこの可能性に思い至らず、

酷く動揺してしまっているようでした。

……すまない。

一旦2人ともこちらの部屋で

待っていてもらえるだろうか。

準備ができ次第、

もう一度こちらに呼ぶ。

普通に考えれば、決して難しくない……

いえむしろ誰でも思いつく答えのはず……。

なのにどうして……。

……?

分かりました。

吏星さんは一旦治療室に彼女らを招き、

扉を閉めて考え込んでしまいました。

え、何か駄目なのか?
特例でOKもらってるんだし、

いつも通りやれば良いんだろ?

私もそう思いますが……。


吏星さんは夢月くんの言うことを

全く意に介していません。


違う。

その話はもう終わっている。

ついには不機嫌そうなまま彼に

言葉を投げつけてしまいます。

は? じゃあ何なんだよ?

そんな焦っちゃって。

…………。
え?
そんな……

子供に夢魔は憑かない……。


なるほど……。そのルールが吏星さんから、

当たり前の可能性を消し去ってしまっていたということ、ですね……。

知っての通り、夢魔とは人の苦痛を食べる存在だと言われている。
奴らは最も効率よく苦痛を摂取するために睡眠中の人間に悪夢を見せ、精神を圧迫するわけだが……
子供からは、夢魔の求める苦痛を生み出すことができないとされている。
心の形が完成し切っておらず、

感情が不安定だからだ。

夢魔は食事として人の苦痛を求める。

なのに行動の結果、食料を得られなかったら……。

だから夢魔が子供に憑くことは

原則的にありえない。


それは言うなれば……

僕達人間が、泥を食べて生き延びようとしているようなものなんだよ。
へ、へぇ~~知らなかった。

勉強不足だな俺……。

……さっきの蓮夜さんの言葉に当てはめて考えると、治療が当人間で秘匿される……同行者が認められないルールがあるのも、「個人行動ができる年齢の者しか夢魔に侵されないから」と解釈できます。
で、でも治療自体はできるんですよね?
そ、そうだよ。

別にいつも通りやれば良いのは

変わらないだろ?

この不穏な空気の中で安心感を得るため、

一番肝心な部分を質問としてぶつけます……!

わずかだが前例がないわけではない。
しかし……
心が不完全ということは、夢の世界の構築にも問題が生じやすい。


僕や吏星の持っている知識で、彼の夢の世界に入って行ける保証はない。

治療できるかどうかは、今の段階では"全く分からない"と言わざるを得ないね。
……これも、経験値の多い2人からして

軽々しく回答をできる問題ではないみたいです。


特に蓮夜さんがこういった話題に答える

こと自体が珍しいと考えると余計に……。

そんなのやってみなくちゃ分からないって!
でも、夢月くんはそうではありません。

思い立ったらまず行動が彼の持ち味です。

まずはあの子……

ヨウタ君としっかり話をしてみようぜ!

夢月くんはそう言いながら、ヨウタくんと

お母さんをびに行ってしまいました。

まったく……

人の気も知らないで……

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登場人物紹介

天崎 そら(あまさき そら)(20)※一章時

主人公。人々を悪夢から救う"夢うさぎ亭"で働く一般女性。

自分よりも相手のことを優先する心優しい性格で、大抵のことは受け止めてしまう。

一章では夢うさぎでの経験から、自分の意見を言う勇気を持てるようになった。

(※本作では主人公の個人設定はフリーなため、定まった容姿は存在しません)

早乙女 夢月(さおとめ むつき)(19)※一章時

まだ夢の世界で夢魔を祓ったことがない半人前の夢想師。

前向きで明るく裏表がない天真爛漫な性格で、深く強く他人の気持ちに寄り添える豊かな人間性を持つ。

そのおかげで、夢の世界を現出するために必要な「心のパイプ」を繋ぐところまでは誰よりも完璧にこなすことができ、秘めたるポテンシャルは天才的。

しかし、その事実を本人はまだ自覚できないでいる。

宝生 吏星(ほうしょう りせい)(24)※一章時

夢の空間の現出を得意とする夢想師。

他人のことを真剣に考えすぎてしまう性分で根が優しい。

反面、冷静で効率主義かつ真顔で言葉遣いがきつい。そのため人に避けられやすく、本人も少し気にしている。

実直で真面目すぎる苦労人気質。不測の事態に陥ると熱くなりやすい一面も。

夢うさぎの実質的なリーダーとして振る舞っている。後輩である夢月の指導について、自分とあまりにタイプが違うことにかなり悩んでいるらしい。

紫吹 蓮夜(しぶき れんや)(不明)※一章時

夢魔の駆除を得意とする夢想師。

天性のルックスと王子様気質により何もしなくてもモテる美男子。

いつもニヤニヤとしていて、何を考えているのかよく分からない。

自分の身内をからかって遊ぶのが趣味で周りも手を焼いているが、他人が本心から嫌がることは絶対しないバランス感覚を持っているため、何故か憎まれない。

吏星とは付き合いが長く、お互いがお互いの"扱い方"を熟知している節がある。

ヨウタ(5)

一章の核となる少年。来年度から小学生。

ある理由で夢魔に憑かれてしまい、夢うさぎを訪れる。

幼稚園などに通えておらず、家に1人でいる時間が長い。

テレビやおもちゃを心の拠り所にしており、最近は特撮作品ブレイブテイカーがお気に入り。家で何度も繰り返し見ては元気を貰っている。

ヨウタの母(33)

一章に登場。

息子 ヨウタの悪夢を治すため、夢うさぎを訪れる女性。

夢想師の治療には原則本人しか招待されないが、ある理由から付き添いが認められている(ただし、治療の実態を知ることはできない)

佐藤 アキラ(さとう あきら)(30)

一章に登場。

悪夢の治療を受けに夢うさぎ亭を訪れる研究者。

仕事の重圧に負けまいと日々頑張っているが、家族の理解を得られないことに頭を悩ませている。

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