1 不機嫌な彼
文字数 1,653文字
【Side:平田】
「非常に不本意なんだけど」
平田の隣で不機嫌そうに腕を組む優人。平田の目の前には彼の義兄、雛本阿貴がいた。先ほどK学園の構内で会い、近くの少しグレードの高いレストランで一緒に食事をすることになったのだが。
平田に対しても基本気を遣うことのない優人ではあるが、阿貴に対しては不機嫌なことを隠す気がないようである。
「相変わらずだね、優人は」
そんな優人の態度に怒るでもなく笑みを浮かべた阿貴はメニューを広げた。
二人の関係が良くないことは平田も知っている。仮に知らなかったとしても、現状を見れば一目瞭然。
阿貴に対し、一緒に昼をどうかと誘ったのは平田である。もちろん優人はあからさまに嫌な顔をした。だが平田には優人に対して有無を言わせない力があるようだ。
──そもそも、嫌だから帰ると言わない辺り、疑問しかないんだよね。
自分自身は優人のことを他人 よりは理解しているつもりではある。それでも謎に思う言動は多い。
怒られながらも平田の傍に居るし、文句を言いつつも離れることはない。
彼にとって”居心地が良い”とは自分に都合がいいということではないのだろう。そう認識している。
「まあ、そういうこと言うなよ。優人だってその後のことは気になっていただろ?」
「別に阿貴に聞く必要はないだろ」
あれから雛本本家のごたごたがどう解決したのか、平田は非常に気になっていた。それというのも阿貴の義姉を連れ出す際、優人が彼女の恋人役を演じたからに過ぎないが。
「人の話というのは、間に人を経由するほど誇大されたり湾曲されたりするもんなんだぞ? 当事者から聞いた方が正確だろうが」
「はいはい」
優人は肘を曲げた右手を上げると”異議なし”と投げやりに言う。そんな二人を小さく笑みを浮かべ眺めていた阿貴は、広げたメニューをこちらに向ける。
阿貴は優人のとげとげしい態度には慣れっこなのだろうか。彼が優人のことを好きだという話を思い出し、平田は変わっているなあと思った。
自分を嫌っている相手を好きになるというのは、ドMなのだろうかと失礼なことを思いつつメニューを覗き込む。
「ほら、お義兄さんが好きなもの奢ってくれるってよ」
平田の言葉にさらに嫌な顔をした優人は、
「じゃあ、一番高いもの頼もうぜ」
と悪乗りをする。
あからさま過ぎて笑ってしまう。
優人が阿貴を嫌いなのは実兄の和宏にしたことが原因だ。そのことは平田も知っていた。詳細を聞いたわけではないが、人としてそれはどうなんだ? と思うような内容である。なので優人が彼を嫌っていて、憎んでいるのも理解はしているつもりだ。
とは言え、人というのものは自身が体験しない限り同じ怒りを共有することのできない生き物でもある。とても残念なことに。
想像で共鳴できたとしてもだ。
怒りというのは、人が生きる上で身を守るために必要なものなのだということを何かのTVで聴いたことがある。生きるために必要な感情。
だが人間界では、怒りに身を任せていると上手くいかないという側面もある。だから人は耐えることを、我慢することを覚えるのだ。ストレスで押し潰されそうになったとしても。
──なるほど。
それをしなくていい相手だから、優人は俺と居るのか。
なんだか悲しい事実に気づいてしまい、その感情をやり過ごそうとしてメニューのページをめくる。
「そうだな、賛成。ステーキにしよう」
「は?」
優人の言葉にそちらに視線を移せば、彼は平田の手元を見つめていた。
「うん、好きなもの頼めばいいよ」
誰の意見なのか、勝手に話が進んでいる。
”いやいや、俺は何も言ってないぞ?”と言う表情を浮かべつつ、値段に目をやる。そこで平田は”うん、高いね。とても”と思いながら唇を真一文字に結ぶと微妙な笑みを浮かべた。
──ホントにこの人、優人のこと好きなんだなあ。
阿貴は確か和宏の一つ下。つまり自分たちの四つ上にあたる。どう見ても自分たちより下にしか見えない童顔な彼は、頬杖をついてにこやかにこちらを眺めていたのだった。
「非常に不本意なんだけど」
平田の隣で不機嫌そうに腕を組む優人。平田の目の前には彼の義兄、雛本阿貴がいた。先ほどK学園の構内で会い、近くの少しグレードの高いレストランで一緒に食事をすることになったのだが。
平田に対しても基本気を遣うことのない優人ではあるが、阿貴に対しては不機嫌なことを隠す気がないようである。
「相変わらずだね、優人は」
そんな優人の態度に怒るでもなく笑みを浮かべた阿貴はメニューを広げた。
二人の関係が良くないことは平田も知っている。仮に知らなかったとしても、現状を見れば一目瞭然。
阿貴に対し、一緒に昼をどうかと誘ったのは平田である。もちろん優人はあからさまに嫌な顔をした。だが平田には優人に対して有無を言わせない力があるようだ。
──そもそも、嫌だから帰ると言わない辺り、疑問しかないんだよね。
自分自身は優人のことを
怒られながらも平田の傍に居るし、文句を言いつつも離れることはない。
彼にとって”居心地が良い”とは自分に都合がいいということではないのだろう。そう認識している。
「まあ、そういうこと言うなよ。優人だってその後のことは気になっていただろ?」
「別に阿貴に聞く必要はないだろ」
あれから雛本本家のごたごたがどう解決したのか、平田は非常に気になっていた。それというのも阿貴の義姉を連れ出す際、優人が彼女の恋人役を演じたからに過ぎないが。
「人の話というのは、間に人を経由するほど誇大されたり湾曲されたりするもんなんだぞ? 当事者から聞いた方が正確だろうが」
「はいはい」
優人は肘を曲げた右手を上げると”異議なし”と投げやりに言う。そんな二人を小さく笑みを浮かべ眺めていた阿貴は、広げたメニューをこちらに向ける。
阿貴は優人のとげとげしい態度には慣れっこなのだろうか。彼が優人のことを好きだという話を思い出し、平田は変わっているなあと思った。
自分を嫌っている相手を好きになるというのは、ドMなのだろうかと失礼なことを思いつつメニューを覗き込む。
「ほら、お義兄さんが好きなもの奢ってくれるってよ」
平田の言葉にさらに嫌な顔をした優人は、
「じゃあ、一番高いもの頼もうぜ」
と悪乗りをする。
あからさま過ぎて笑ってしまう。
優人が阿貴を嫌いなのは実兄の和宏にしたことが原因だ。そのことは平田も知っていた。詳細を聞いたわけではないが、人としてそれはどうなんだ? と思うような内容である。なので優人が彼を嫌っていて、憎んでいるのも理解はしているつもりだ。
とは言え、人というのものは自身が体験しない限り同じ怒りを共有することのできない生き物でもある。とても残念なことに。
想像で共鳴できたとしてもだ。
怒りというのは、人が生きる上で身を守るために必要なものなのだということを何かのTVで聴いたことがある。生きるために必要な感情。
だが人間界では、怒りに身を任せていると上手くいかないという側面もある。だから人は耐えることを、我慢することを覚えるのだ。ストレスで押し潰されそうになったとしても。
──なるほど。
それをしなくていい相手だから、優人は俺と居るのか。
なんだか悲しい事実に気づいてしまい、その感情をやり過ごそうとしてメニューのページをめくる。
「そうだな、賛成。ステーキにしよう」
「は?」
優人の言葉にそちらに視線を移せば、彼は平田の手元を見つめていた。
「うん、好きなもの頼めばいいよ」
誰の意見なのか、勝手に話が進んでいる。
”いやいや、俺は何も言ってないぞ?”と言う表情を浮かべつつ、値段に目をやる。そこで平田は”うん、高いね。とても”と思いながら唇を真一文字に結ぶと微妙な笑みを浮かべた。
──ホントにこの人、優人のこと好きなんだなあ。
阿貴は確か和宏の一つ下。つまり自分たちの四つ上にあたる。どう見ても自分たちより下にしか見えない童顔な彼は、頬杖をついてにこやかにこちらを眺めていたのだった。
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