3 考えたその先に

文字数 1,638文字

「兄さんは、俺としたいこととかある?」
 フロントでカードキーを受け取るとエレベーターの箱に乗り込む。
 優人の選んだ自宅マンション近くのシティホテルは、景色が良いことで定評があった。客室は豪奢とは言い難いが設備がしっかりしており、展望レストランもあるらしい。

 本日宿泊予定の客室のある階へ行くと、廊下にはセンスの良い絨毯が敷き詰められていた。
 優人は先にエレベーターの箱から出て、和宏の手を取る。
 そんな優人に彼は驚いた表情をした。
「慣れてるんだな」
 その呟きは、嫉妬だろうか?
「何が?」
 何を指しているのか明確にするために、優人はあえて問う。
 ”ホテルに来るのが”だったら、それは誤解だ。
「リード。彼女とよく手を繋いだりとかするのか?」

 彼が自分を好いていることは、充分すぎるほど理解をしているつもりだ。
 しかし不意打ちのようなヤキモチに、にやけそうになってしまう自分がいるのは否めない。
 それほどまでに兄、和宏の心を独り占めできることが嬉しかった。

「手ぐらい繋ぐでしょ? 他は繋いだことはないけれど。兄さん以外とは」
 部屋の前でカードキーを差し込み、ドアを開ける。
 入ってすぐにトイレと風呂があるようだ。
 靴を脱いでスリッパに履き替えると、優人は和宏の(ほう)を振り返る。
 彼はなんだか浮かない顔をしてこちらを見ていた。

「ヤキモチ?」
と問いかければ、彼は優人の肩に額をつけ背中に腕を回す。
「優人はなんで、いろんな人と付き合ったんだ?」
 黙っていなくなったくせに、何故そんなことを聞くのだろうか?
 責めても仕方ないことくらいは分かっている。
「知りたかったから」
 優人はぽつりと言葉を落として、和宏の背中に腕を回す。
 そして、
「恋が何なのかを」
と付け加えた。
「それで、わかったのか?」
 彼の知りたいことがなんなのか?
 まだ想像はつかない。

 優人は彼の太ももを撫でながら、
「兄さんの気持ちは分からなかったよ」
と答える。
「俺の気持ち?」
「そう、兄さんの気持ちが知りたかった」
 優人は母から自分が言われたことについて彼に話した。
 すると、
「じゃあ、俺の気持ちは知っていたんだな」
と言われる。
「そうだね。でも、知ると理解するは違うから」

 相手が異性愛者な限り、同性である自分を受け入れてくれることはない。
 その気持ちはわかる。
 同性愛者が恐れるのは偏見であり、相手から気持ち悪がられること。

 しかしながらネットなどを観ている限りでは、異性愛者の定義は同性愛者よりも曖昧だ。相手を異性と思い込んでいるだけで、同性に恋する人も多くいる。相手が同性だと知った途端に態度が変わるのは、相手を好きなのではなく恋に恋しているだけなのではないか?
 優人はそう思うのだ。
 
同性愛者は分かりやすいが、異性愛者は異性愛者でいたいだけなのではないかとも思う。心が肉体と違うなら、それもまた同性となるからだ。
 肉体が異性でないと恋愛できないというのは、相手を好きなわけではない。
 単に異性体が好きに過ぎないのだろう。
 そう考えてしまうので本当の異性愛者は、ずっと少ないのではないかとも思う。

 だから自分が兄を好きなのは、不思議ではないと思うのだ。
 世の中を見ていても、同性愛者や全性愛者(パンセクシャル)、バイセクシャルなどはカミングアウトをしても、自分が普通だと思っている人たちは自分が異性愛者だとは言わない。
 少数派は自分自身に関して深く考えても、多数派だと思い込んでいる人たちは本当にそうなのか深く考えはしない。

──自分もそうだった。
 母から兄の気持ちを聞くまでは。

 それに、そんな風にきっちり分ける必要はあるのだろうか?
 とも思う。
 彼が気にするのは、自分が少数派であり優人を多数派であると思っているから。人の気持ちはそんなに簡単に括れるものではない。

──少なくとも自分は違う。

「俺はね、兄さん。同性とか異性とかそんなの関係なく、兄さんと一緒にいたいと思ったんだ」 
 優人はゆっくりと息を吐くと、彼の首筋に唇を寄せたのだった。
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