2 一族と決断と

文字数 1,597文字

 他人の恋愛は他人のもの。
 自分の恋愛は他人には無関係。
 そう思えたなら、人はもっと自由に愛を与えあうことができるだろう。
 実際は倫理道徳観に支配され、性欲に支配される。
 本当に好いた相手と結ばれる人は、この世にどれくらい占めるのだろうか?
 一度も妥協をしたことがないと胸を張って言えるだろうか。

 和宏の手首を車のシートに縫い付け、その胸に舌を這わせた。
「んんッ……」
 優人に触発されれば、応じる兄が愛しい。 
 脇腹を撫で上げ、じっと彼の反応を伺う。車内にはロマンチックな曲が静かに流れている。
 まるでこの世にふたりきりのような、静かな夜。この箱の中が世界の全てならば、どんなにか幸せだろう。

 いつの間にか自分たちは、運命と言う名の大きな渦の中心にいて。
 そこから抜け出すために、必死にもがいている。 

『優人、本当に大丈夫?』
 親族会議が終わった後、姉にそう問われた。
 確かに大役だが、やってやれないことはないだろう。
 元は遠江に原因があって借りを作ってしまったのだとしても、兄を救い出してくれたのは彼だ。
 その借りを返すというのが、憎むべき相手である阿貴を救うという結果になったとしても。

 今回は母から『阿貴が義姉と子を作った経緯(けいい)』について聞くことが出来た。巻き込まれたのだから、経緯(いきさつ)くらいは聞いておいても損はないだろうとも思う。
 話を聞き、彼のしたことを許せるわけではないが同情もした。
 やはり大元の問題は伯父にある。

 伯父と阿貴の実母が無責任なことをしたばかりに、たくさんの人が傷つく結果となったのだ。
 だが傷つけられたからと言って、他の人間を傷つける権利は誰にもない。すなわち、阿貴もまた身勝手。
 自分はただ、これ以上兄が傷つくことのないよう彼らから守るだけ。

『本来なら、優人が阿貴(アイツ)を助ける義理なんてない』
 姉、佳奈は旅館の中庭を見つめながら。
 普段は明るく感情のままに話すことの多い姉。その彼女が今は感情を押し殺し低く言葉を繋ぐ。
『だが、実際に助ける相手は阿貴じゃない。俺たちにとっても従姉にあたる彼の義姉だ。俺たちは彼女を憎んではいない』
 優人はパーカーのポケットからカフェオレの缶を取り出すと、姉に差し出しながら。
『そうね。同情すらしているわ』
 佳奈は優人から缶を受け取るとプルタブを引いた。

『カフェオレなのね』
 近くのベンチに腰かけた優人の方を見やり、彼女もそれに倣う。
 黒い漆塗りのベンチには赤い布が被せられ、和を重んじたこの旅館の雰囲気にとても合っていた。
『うん』
 この旅館は見えるところに自動販売機が置いていない。
 景観を乱さないようにするためらしい。

『缶のストレートティーはあまり見かけたことがないし、ミルクティーはいまいちだからね』
 雛本一家は母の影響で皆、紅茶派だった。
『ペットボトルはポケットに入れておけないし』
『まあ、伸びちゃうしね。重みで』
 缶を両手で包み込み、優人をチラリと見やった佳奈。
 彼女は優人の着ているパーカーが兄和宏から贈られたモノだということを知っていた。

『夜はどうするの?』
と彼女。
『あの人数じゃあ、大部屋で宴会だろう?』
 昔から一族の結束は固い。
 盆や正月には遠方から分家の者が多く本家へ集まる。今回は予定外の招集。
『宴会好きの一族にも困ったものよねえ』
『父さんが船盛だってはしゃいでいたね』
 ため息をつく彼女に笑顔を向ける優人。
 本家での集まりでは、女性陣が宴会の準備に駆り出される。それを経験している佳奈は今から疲れ切っていたが、優人はその雰囲気は嫌いではなかった。
『で?』
と佳奈。
『俺は兄さんとドライブにでも行ってくるよ』
『そうね。それが良いと思うわ』
 恐らく阿貴や遠江も宴会には参加するだろう。今回の作戦には一族の協力は欠かせない。
 そして差し伸べられた手をしっかりとつかむべきだと思う。
 これが一族と阿貴の初めての一歩なのだから。
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