4 過ちと夕暮れ
文字数 1,570文字
変わることが悪いことではないことは知っている。
変わらないことが難しいことも知っている。
しかし、兄は変わらざるを得なかった。
変わることが結果として良かったのか。それは自分には分からないことだ。そして、兄がそれを望んでいたのかどうかもまた、分からないこと。
人はどんなに望まないことでも、いつかは順応してしまう。それを人は慣れというかもしれない。
──俺が遠江社長を憎いと思うのは、兄を苦しめておいてそれでものうのうと好きだと言えるからだ。
罪の意識はないのだろうか?
まあ……そういう自分も同罪なのかな。
「優人くん、さっきから難しい顔をしてどうしたのよ」
声をかけられて顔を上げると、兄の担当である片織が心配そうにこちらを窺っていた。隣に座った兄も心配そうである。
書籍のお礼については三人で行くことに話がまとまり、現在社の車で向かっているところだ。
「いや、あの人あんなことしておいて。いつまで兄さんに付きまとうつもりなのかなって思って」
優人の言葉に運転席の片織は困ったように眉を寄せた。
「彼は阿貴に嵌められたのよ。だから許せとは言わないけれど、彼が好き好んでしたことではないわ」
「もちろん同情する気もないよ」
腕を組んでつまらなそうに窓の外に視線を移した優人に兄の手が触れる。
話を聞けよとでも言うように。
「同情しろなんて言わないわ。ただ、罪の意識を感じているなら償いくらいさせてあげてもいいんじゃないの?」
この世に償える罪なんて存在はしない。
仮に誤って人を殺し、罪の意識を感じても死んだ人は還らない。
なかったことにはならない。それが現実というものだ。
「自己満足だよ、そんなの」
「そうね。否定はしないわ」
結局は罪を犯した方が優遇されているだけとしか思えない。
傷つけられた方は一生傷を負うかも知れないのに。
人生を他人によって台無しにされても、そんな他人の自己満足につき合わなければならないのだろうか?
罪とは犯してはならないものであって、償えば許されるものではない。その罪に大小はないし、軽重 などありはしない。等しく罪は罪。
「罪を犯してなお、相手に好かれたいなんておこがましいにもほどがある」
「優人くんの言うことは正しいと思うわ」
それでも片織はそのチャンスを彼に与えろと言うのだろう。
金で買えるのはモノだけ。人の心は買えやしない。
そんなものに釣られる人間は所詮その程度。金の切れ目が縁の切れ目ともいうだろう。
「優人」
「うん?」
それまで黙っていた兄、和宏が静かに声を発した。
「後でゆっくり話そうか」
”二人で”と彼が付け加えるので、
「兄さんもアイツの肩持つの」
と不機嫌に返すと、兄は小さく数度首を横に振る。
その後、遠江の会社に着いた三人はアポを取ってあったのですぐに目的を果たすことが出来た。
「本当に家まで送らなくて平気?」
「大丈夫。優人と少し話したいし」
自宅マンションのある駅まで送って貰い、片織と別れた二人はゆっくりと商店街に向かっていた。
「優人、さっきのことだけど」
「うん」
片手をポケットに突っ込み、街並みを眺めながら兄の言葉に相槌を打つ。
「俺が自分で選択したことなんだよ。仮に望まなかったことだとしても、俺はそれ以上に守りたいものがあったから」
和宏の言葉に優人は歩を止めた。彼の方に視線を向ければ、一歩遅れて足を止める。
夕日を受けて彼の白いシャツは金色に輝いていた。
優人は眩しさに目を細めつつ、
「守りたいもの?」
とオウム返しに問う。
優人の言葉に軽く数度頷くと、彼はこちらに視線を向けた。
「俺は、お前を守るためなら何を捨ててもいい」
”でも”と彼は続けて。
「優人はあの人を責めるくせに、こうなったのは自分のせいだと思っているんだろ?」
兄の頬を涙が伝う。
優人はただ黙ってそんな彼を見つめていた。
変わらないことが難しいことも知っている。
しかし、兄は変わらざるを得なかった。
変わることが結果として良かったのか。それは自分には分からないことだ。そして、兄がそれを望んでいたのかどうかもまた、分からないこと。
人はどんなに望まないことでも、いつかは順応してしまう。それを人は慣れというかもしれない。
──俺が遠江社長を憎いと思うのは、兄を苦しめておいてそれでものうのうと好きだと言えるからだ。
罪の意識はないのだろうか?
まあ……そういう自分も同罪なのかな。
「優人くん、さっきから難しい顔をしてどうしたのよ」
声をかけられて顔を上げると、兄の担当である片織が心配そうにこちらを窺っていた。隣に座った兄も心配そうである。
書籍のお礼については三人で行くことに話がまとまり、現在社の車で向かっているところだ。
「いや、あの人あんなことしておいて。いつまで兄さんに付きまとうつもりなのかなって思って」
優人の言葉に運転席の片織は困ったように眉を寄せた。
「彼は阿貴に嵌められたのよ。だから許せとは言わないけれど、彼が好き好んでしたことではないわ」
「もちろん同情する気もないよ」
腕を組んでつまらなそうに窓の外に視線を移した優人に兄の手が触れる。
話を聞けよとでも言うように。
「同情しろなんて言わないわ。ただ、罪の意識を感じているなら償いくらいさせてあげてもいいんじゃないの?」
この世に償える罪なんて存在はしない。
仮に誤って人を殺し、罪の意識を感じても死んだ人は還らない。
なかったことにはならない。それが現実というものだ。
「自己満足だよ、そんなの」
「そうね。否定はしないわ」
結局は罪を犯した方が優遇されているだけとしか思えない。
傷つけられた方は一生傷を負うかも知れないのに。
人生を他人によって台無しにされても、そんな他人の自己満足につき合わなければならないのだろうか?
罪とは犯してはならないものであって、償えば許されるものではない。その罪に大小はないし、
「罪を犯してなお、相手に好かれたいなんておこがましいにもほどがある」
「優人くんの言うことは正しいと思うわ」
それでも片織はそのチャンスを彼に与えろと言うのだろう。
金で買えるのはモノだけ。人の心は買えやしない。
そんなものに釣られる人間は所詮その程度。金の切れ目が縁の切れ目ともいうだろう。
「優人」
「うん?」
それまで黙っていた兄、和宏が静かに声を発した。
「後でゆっくり話そうか」
”二人で”と彼が付け加えるので、
「兄さんもアイツの肩持つの」
と不機嫌に返すと、兄は小さく数度首を横に振る。
その後、遠江の会社に着いた三人はアポを取ってあったのですぐに目的を果たすことが出来た。
「本当に家まで送らなくて平気?」
「大丈夫。優人と少し話したいし」
自宅マンションのある駅まで送って貰い、片織と別れた二人はゆっくりと商店街に向かっていた。
「優人、さっきのことだけど」
「うん」
片手をポケットに突っ込み、街並みを眺めながら兄の言葉に相槌を打つ。
「俺が自分で選択したことなんだよ。仮に望まなかったことだとしても、俺はそれ以上に守りたいものがあったから」
和宏の言葉に優人は歩を止めた。彼の方に視線を向ければ、一歩遅れて足を止める。
夕日を受けて彼の白いシャツは金色に輝いていた。
優人は眩しさに目を細めつつ、
「守りたいもの?」
とオウム返しに問う。
優人の言葉に軽く数度頷くと、彼はこちらに視線を向けた。
「俺は、お前を守るためなら何を捨ててもいい」
”でも”と彼は続けて。
「優人はあの人を責めるくせに、こうなったのは自分のせいだと思っているんだろ?」
兄の頬を涙が伝う。
優人はただ黙ってそんな彼を見つめていた。
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