2 来訪者と違和感
文字数 1,643文字
『雛本和宏』
彼が阿貴と家を出た本当の理由に辿り着くのは容易ではなかった。
だが、阿貴の母親から話を聞きだしたという行為そのものが自分に味方をしてくれたのだと思う。
ある時、社の方に和宏の関係者だという一人の男性……いや女性だろうか? ……が訪ねて来た。
彼女はある出版社に所属しており、片織と名乗った。
和宏の担当者だったという。
彼女が実際に和宏の担当者かどうか、確かめてみなければわからないが名刺は本物に感じたため、そのまま会うことにした。
『阿貴の母親にあったんですって?』
彼女の第一声に遠江は驚く。どこで知ったのだろうか?
『阿貴たちと一緒に暮らしてるのよ。あなたは一度しか和宏に会っていないみたいだけれど。マンションの方にも顔出さないし、どういう状況か把握する必要はないのかしら』
と彼女。
『阿貴が和宏と一緒に暮らしていることは知ってはいたが……』
自分が和宏にやった金をどう使おうが彼の自由。
もちろん、彼が誰と暮らそうとも自由だ。干渉する筋合いはない。
『社の方で聞いたのよ。以前、和宏のことを知りたがっていた人がいたという話。書評のこともあったし、あなたなのかと思ったけれど』
違ったのかしら? と彼女。
『いや、それは恐らく僕のことだ』
『そんなに熱があるのに、あっさりと引くのね』
自分が阿貴と交わした契約のことを彼女は知らないし、知らせるべきではないと思った。
物腰は柔らかいし、声音も柔らかい。しかし敵意を感じてしまっていた。
彼女は和宏を守ろうとしているようにも感じる。
『彼は元気なのかい?』
こんなことを聞くのはオカシイだろうか?
彼女は眉を顰めた。
『和宏をあんな風にしておいて、元気もなにもないでしょう?』
そこで彼が書評の仕事を辞めてしまったことを知る。
彼にとっては天職であり、誇りだったようだ。それを奪ったのは自分であり、きっかけはあの事件なのだ。
『今や和宏は籠の中の囚人の様だわ』
その意味が分からなかった。
好きな仕事から身を引くのが辛いのは分かる。だが彼は自由の身のはずなのだ。そこで初めて何かおかしいということに気づく。
『和宏は自由に外出できる状況にあるのだよね?』
『どうかしらね。自由と言えば自由かもしれないけれど』
大学を出てから引きこもりのような生活をしているという。かといって、部屋から出てこないというわけではない。マンションから出ないのだそうだ。
色白で黒髪の華奢な和宏の姿を思い出す。
身長は日本人としては平均だ。そのため、小柄というわけではないが。
彼の生活は不健康極まりない。何故そんなことになっているのか?
『阿貴とは恋人同士だということを聞いたが』
と遠江。
『恋人? あれは……恋人って言うのかしらね』
彼らが義理の兄弟だということは知っていた。だがそういうことを言っているのではないことくらい、なんとなく察することはできる。
『わたしの勘だけれど、和宏は少なくとも阿貴のことはなんとも思ってないわ』
あの時、彼女が自分に何を求めたのかわからない。
しかし調べてみる価値はあると思った。
それから彼女とは密に連絡を取るようになっていったのだ。彼女は和宏に好意を持っているのか、とても協力的。それでも、何故自分なんかに協力してくれるのか気になるところだ。
『阿貴よりはあなたの方がマシだからよ。阿貴は……正直怖い男だわ。何を考えているのか分からないし』
和宏は現在、阿貴の他に二十名ほど人を置いているらしい。一応恋人という立場で。阿貴はそこに口を出すことはない。恐らく、そのことについては承諾しているのだと思われた。
片織はその中でも、マンション購入時から彼らと一緒に暮らしているのだという。
『和宏には阿貴以外に大切な人はいないのかい?』
それは他に好きな人はいないのか? という意味合いであった。
『和くんは意外とそういうの疎いのよね。思いつくのは妹弟くらいしかしら』
遠江はそこではじめて和宏に阿貴以外の兄弟がいることを知ったのであった。
彼が阿貴と家を出た本当の理由に辿り着くのは容易ではなかった。
だが、阿貴の母親から話を聞きだしたという行為そのものが自分に味方をしてくれたのだと思う。
ある時、社の方に和宏の関係者だという一人の男性……いや女性だろうか? ……が訪ねて来た。
彼女はある出版社に所属しており、片織と名乗った。
和宏の担当者だったという。
彼女が実際に和宏の担当者かどうか、確かめてみなければわからないが名刺は本物に感じたため、そのまま会うことにした。
『阿貴の母親にあったんですって?』
彼女の第一声に遠江は驚く。どこで知ったのだろうか?
『阿貴たちと一緒に暮らしてるのよ。あなたは一度しか和宏に会っていないみたいだけれど。マンションの方にも顔出さないし、どういう状況か把握する必要はないのかしら』
と彼女。
『阿貴が和宏と一緒に暮らしていることは知ってはいたが……』
自分が和宏にやった金をどう使おうが彼の自由。
もちろん、彼が誰と暮らそうとも自由だ。干渉する筋合いはない。
『社の方で聞いたのよ。以前、和宏のことを知りたがっていた人がいたという話。書評のこともあったし、あなたなのかと思ったけれど』
違ったのかしら? と彼女。
『いや、それは恐らく僕のことだ』
『そんなに熱があるのに、あっさりと引くのね』
自分が阿貴と交わした契約のことを彼女は知らないし、知らせるべきではないと思った。
物腰は柔らかいし、声音も柔らかい。しかし敵意を感じてしまっていた。
彼女は和宏を守ろうとしているようにも感じる。
『彼は元気なのかい?』
こんなことを聞くのはオカシイだろうか?
彼女は眉を顰めた。
『和宏をあんな風にしておいて、元気もなにもないでしょう?』
そこで彼が書評の仕事を辞めてしまったことを知る。
彼にとっては天職であり、誇りだったようだ。それを奪ったのは自分であり、きっかけはあの事件なのだ。
『今や和宏は籠の中の囚人の様だわ』
その意味が分からなかった。
好きな仕事から身を引くのが辛いのは分かる。だが彼は自由の身のはずなのだ。そこで初めて何かおかしいということに気づく。
『和宏は自由に外出できる状況にあるのだよね?』
『どうかしらね。自由と言えば自由かもしれないけれど』
大学を出てから引きこもりのような生活をしているという。かといって、部屋から出てこないというわけではない。マンションから出ないのだそうだ。
色白で黒髪の華奢な和宏の姿を思い出す。
身長は日本人としては平均だ。そのため、小柄というわけではないが。
彼の生活は不健康極まりない。何故そんなことになっているのか?
『阿貴とは恋人同士だということを聞いたが』
と遠江。
『恋人? あれは……恋人って言うのかしらね』
彼らが義理の兄弟だということは知っていた。だがそういうことを言っているのではないことくらい、なんとなく察することはできる。
『わたしの勘だけれど、和宏は少なくとも阿貴のことはなんとも思ってないわ』
あの時、彼女が自分に何を求めたのかわからない。
しかし調べてみる価値はあると思った。
それから彼女とは密に連絡を取るようになっていったのだ。彼女は和宏に好意を持っているのか、とても協力的。それでも、何故自分なんかに協力してくれるのか気になるところだ。
『阿貴よりはあなたの方がマシだからよ。阿貴は……正直怖い男だわ。何を考えているのか分からないし』
和宏は現在、阿貴の他に二十名ほど人を置いているらしい。一応恋人という立場で。阿貴はそこに口を出すことはない。恐らく、そのことについては承諾しているのだと思われた。
片織はその中でも、マンション購入時から彼らと一緒に暮らしているのだという。
『和宏には阿貴以外に大切な人はいないのかい?』
それは他に好きな人はいないのか? という意味合いであった。
『和くんは意外とそういうの疎いのよね。思いつくのは妹弟くらいしかしら』
遠江はそこではじめて和宏に阿貴以外の兄弟がいることを知ったのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
(ログインが必要です)