2 解決の糸口

文字数 1,570文字

「話すのは構いませんが、話すことでどのように状況が変わると考えておられるのか、お聞かせ願えませんか?」
 遠江はそう返答され、彼女が何故知りたいのかについて考えた。
 少し会話をしただけだが、阿貴の義姉が聡明な人物だというのは分かる。

 人には二種のタイプがいるものだ。
 考えながら話を聞くタイプとただ受け止めるタイプ。
 彼女は少なくとも前者。ただし前者にも二種のタイプがいる。
 空気を読んで事を成そうとするタイプと単に好奇心を満たそうとするタイプだ。残念なことに後者の場合は自己完結型なので、なんの役にも立たない。

 遠江は前者であることを祈りながら、
「今回のケースはあなたの父を開放することが雛本一族にとって良い結果になると思っています。それにはあなたの協力が必要であり、そのことを『優麻』さんに話す必要があると考えています」
と自分の考えを述べた。

 雛本一族は世襲家系だというが彼女から見て曾祖父が現在の家長。
 彼女の正確な年齢は分からないが、阿貴の義姉ということを考えても最低二十四以上ということになるだろう。
 となると彼女の父は最低でも四十代後半からそれ以上となる。そうして計算しても曾祖父はかなりの高齢。
 彼女の祖父が継ぐ頃、父は更に年を重ねていることだろう。
 世襲とは言え、長男の長子である男児が継いでいくだけなら彼女の父が継ぐ必要はないのではないか? 年齢的に考えて一世代抜かしても問題ないと思ったのである。

 その説明を彼女にすると、
「そうですね。わたしたちの代になる頃には兄は今の父と同じくらいか、それ以上の年齢になっているでしょうから」
という返答。
「そのことも一緒に叔母へ話してみます」
 どうやら彼女は前者だったようだ。
 遠江の意見を聞き、それが一族にとって良いことなら取り入れようと思っているように感じた。
「あなたはお父様を恨んではいないのですか?」
 遠江は少し不思議に思ったことを聞いてみる。
「どうでしょうね。同じ境遇だったらわたしも自由になりたいと感じたと思うので」
 
 彼女は言う。
 日本は女性ばかりが負担を強いられることが多いと。
 女性は自分で望んで女として産まれてきたわけではない。それなのに、男はその大変さも知らずに女性にばかり負担を強いて、自分たちは無責任にいきている。
 雛本家が世襲を強いられるのはそれに似ていると思うのだと。
「父は好きで長男の長子として産まれてきたわけじゃない。運命が決められている、人生が他人によって決められるというのは辛いと思うのです」
 人は産まれながらに自由を約束されている。それは法によって守られているはずなのに、家庭という小さな集団には無効。
「家庭には人権があってないようなものなのです」

 一人で生きていけない子供は親に従うしかない。
 子供は親を選べない。
 その子が幸せになれるか、自由でいられるかどうかは常に親に委ねられているということなのだろう。

「好きでもない相手と結婚させられるのは、何も女だけじゃない。それが我が一族」
 血統はそんなに大切なものなのだろうか?
 価値観は人それぞれ。自由恋愛になったからと言ってどれほどの人が心から好いた相手と結ばれているのか。
 少なくとも自分が好いた相手は傍にはいない。そして自分のものになることもないだろう。

 遠江は彼女と別れ、例の中庭は見える廊下にいた。
 ガラス張りの向こう側、暖かな光が降り注いでいる。
 チャンスを自ら棒に振っておいて、本当は手に入れたかったなどと口にしたらオカシイだろうか?
 和宏はもう、自分に興味を持つことはないだろう。彼の意識は優人にしか向かない。

「遠江」
 ぼんやりと中庭を眺めていたら不意に名前を呼ばれる。
「阿貴」
「義姉さんに会ったのか?」
 声のしたほうに表を向ければ、心配そうに阿貴がこちらを見上げていたのだった。
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