4 兄の考え方
文字数 1,640文字
「ねえ、兄さん。前から思ってたんだけどさ」
優人たちは車で自宅マンションへ向かっていた。
声をかけられ、ぼんやりと窓の外を見ていた和宏が優人のほうに視線を向ける。
「なんだ」
「平田に対してちょっと塩過ぎない?」
それは兄が優人のマンションで同居するようになってからずっと感じていたことだ。
兄はたっぷり三秒考えて、
「気のせい」
と返答した。
──絶対、気のせいじゃない!
吹き出しそうになるのを耐え、
「ヤキモチでも妬いてるの?」
と質問してみる。
兄がヤキモチ妬きなことを最近知った。きっと今までは隠していたのだと思う。
「どうだろうな」
再び窓の外へ視線を戻した兄の声には笑いが含まれていた。
「俺、実はさ」
「ん?」
今度はなんだ? というように優人の方を見る和宏。
「兄さんはお姉ちゃんにばっかり甘くてズルいって思ってたけど」
「そんなつもりはない」
「うん、今は分かっている。でも、ずっとそう思ってたんだ」
兄はそっかと言うと数回瞬きをし、考えるような仕草をした。
「俺が佳奈のすることに反対しないのは、単にアイツは失敗しても人のせいにしないからだよ」
それは優人と比べてという意味ではない。
「だから好きにしたらいいと思っているだけで、擁護しているわけでもないし手放しで賛成しているわけでもない」
人間とは自分で体験しなければ納得しない生き物なのだ。
先人が何を言おうとも自分が信じたいものしか信じない。
それでも親というものは転ばぬ先の杖をしようとするだろう。だが失敗しない人というのは挫折に弱く、どうやって立ち直ればいいのか学ぶ機会が少ない。
「失敗を人のせいにする人間は成長しないし、成功もしない」
「うん」
兄の言うことは正しいと思う。
「失敗を人のせいにしない人というのは自分と向き合って理由を突き止め、道を開いて再び挑戦し乗り越えていくものだ」
だから佳奈のすることには反対はしないと兄は言う。
「俺も人のせいにしたことないと思うんだけど」
優人は末っ子であり、甘やかされもしたが兄姉を見て学んだことも多い。だから三兄弟の中では一番器用。世渡りが巧い方だと自負してもいる。
優人の言葉に和宏はため息をつく。
何か不味いことを言ってしまったろうかと思っていると、
「優人がすることに口出しするのは、ただのエゴだ」
と兄。
「つまり、甘やかしの一種ってこと?」
「どうだろ」
マンションに着くと平田が駐車場まできて荷物を運ぶのを手伝ってくれた。
「助かった。これお土産」
部屋で一息つき、平田が入れてくれた紅茶を飲みながら買ってきたネコ饅頭を差し出す。
「おー。クヌギの名物饅頭」
「知っているのか?」
と兄。
「食べたことはないけれど、有名らしいですね。バイト仲間が言ってました」
「へえ」
兄は頬杖をつき、包み紙を開ける平田を観察していた。
「これは可愛い。つか、多い?」
三十個入りのネコ饅頭はいろんな種類のネコが選り取り見取りである。
一緒に食べるつもりで多いものを購入したのだ。
「これなら緑茶の方がよかったかな」
「いや、紅茶でもイケる」
と優人。
「じゃあ早速……」
食べようと口を開けた平田は和宏と目が合い、そのまましばし固まる。
「食べます? どうぞ、頂き物ですが」
と平田。
何が何やらである。
「兄さんは『ネコを喜んで食べる酷い奴』って言いたいだけだから」
と兄の代弁をしつつ饅頭を一つ摘まむ優人。
「クリーム旨いよな」
涼しい顔をしながら兄も一つ箱から取りあげる。
「酷い奴って……ネコを食わせようとしているほうが酷いんじゃ?」
「俺は何も言ってないぞ?」
平田のツッコミにそう返答し、饅頭を口に入れる和宏。
その後、話は優人がマンションを出る件へ移っていく。
「佳奈さんが代わりに?」
平田はまるで母親のように優人の世話を焼くものの、基本反対はしない男だ。マンションを出て兄と暮らすという話にも、そうなんだという反応。
恐らく、無責任にルームメイト解消するのではなく代わりも見つけるのだろうと思っていたのだろう。
優人たちは車で自宅マンションへ向かっていた。
声をかけられ、ぼんやりと窓の外を見ていた和宏が優人のほうに視線を向ける。
「なんだ」
「平田に対してちょっと塩過ぎない?」
それは兄が優人のマンションで同居するようになってからずっと感じていたことだ。
兄はたっぷり三秒考えて、
「気のせい」
と返答した。
──絶対、気のせいじゃない!
吹き出しそうになるのを耐え、
「ヤキモチでも妬いてるの?」
と質問してみる。
兄がヤキモチ妬きなことを最近知った。きっと今までは隠していたのだと思う。
「どうだろうな」
再び窓の外へ視線を戻した兄の声には笑いが含まれていた。
「俺、実はさ」
「ん?」
今度はなんだ? というように優人の方を見る和宏。
「兄さんはお姉ちゃんにばっかり甘くてズルいって思ってたけど」
「そんなつもりはない」
「うん、今は分かっている。でも、ずっとそう思ってたんだ」
兄はそっかと言うと数回瞬きをし、考えるような仕草をした。
「俺が佳奈のすることに反対しないのは、単にアイツは失敗しても人のせいにしないからだよ」
それは優人と比べてという意味ではない。
「だから好きにしたらいいと思っているだけで、擁護しているわけでもないし手放しで賛成しているわけでもない」
人間とは自分で体験しなければ納得しない生き物なのだ。
先人が何を言おうとも自分が信じたいものしか信じない。
それでも親というものは転ばぬ先の杖をしようとするだろう。だが失敗しない人というのは挫折に弱く、どうやって立ち直ればいいのか学ぶ機会が少ない。
「失敗を人のせいにする人間は成長しないし、成功もしない」
「うん」
兄の言うことは正しいと思う。
「失敗を人のせいにしない人というのは自分と向き合って理由を突き止め、道を開いて再び挑戦し乗り越えていくものだ」
だから佳奈のすることには反対はしないと兄は言う。
「俺も人のせいにしたことないと思うんだけど」
優人は末っ子であり、甘やかされもしたが兄姉を見て学んだことも多い。だから三兄弟の中では一番器用。世渡りが巧い方だと自負してもいる。
優人の言葉に和宏はため息をつく。
何か不味いことを言ってしまったろうかと思っていると、
「優人がすることに口出しするのは、ただのエゴだ」
と兄。
「つまり、甘やかしの一種ってこと?」
「どうだろ」
マンションに着くと平田が駐車場まできて荷物を運ぶのを手伝ってくれた。
「助かった。これお土産」
部屋で一息つき、平田が入れてくれた紅茶を飲みながら買ってきたネコ饅頭を差し出す。
「おー。クヌギの名物饅頭」
「知っているのか?」
と兄。
「食べたことはないけれど、有名らしいですね。バイト仲間が言ってました」
「へえ」
兄は頬杖をつき、包み紙を開ける平田を観察していた。
「これは可愛い。つか、多い?」
三十個入りのネコ饅頭はいろんな種類のネコが選り取り見取りである。
一緒に食べるつもりで多いものを購入したのだ。
「これなら緑茶の方がよかったかな」
「いや、紅茶でもイケる」
と優人。
「じゃあ早速……」
食べようと口を開けた平田は和宏と目が合い、そのまましばし固まる。
「食べます? どうぞ、頂き物ですが」
と平田。
何が何やらである。
「兄さんは『ネコを喜んで食べる酷い奴』って言いたいだけだから」
と兄の代弁をしつつ饅頭を一つ摘まむ優人。
「クリーム旨いよな」
涼しい顔をしながら兄も一つ箱から取りあげる。
「酷い奴って……ネコを食わせようとしているほうが酷いんじゃ?」
「俺は何も言ってないぞ?」
平田のツッコミにそう返答し、饅頭を口に入れる和宏。
その後、話は優人がマンションを出る件へ移っていく。
「佳奈さんが代わりに?」
平田はまるで母親のように優人の世話を焼くものの、基本反対はしない男だ。マンションを出て兄と暮らすという話にも、そうなんだという反応。
恐らく、無責任にルームメイト解消するのではなく代わりも見つけるのだろうと思っていたのだろう。
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