5 そんな褒め方はズルい
文字数 1,538文字
旅館に戻ると、タイミングが悪かったのか早速母に掴まる。
「もー。あんたたちどこ行ってたのよー」
母はだいぶ酔っているようだ。
付き添っていた姉が彼女の後ろで肩を竦めた。
「どこって、メッセしたじゃないかよ」
と優人。
「わたしの自慢の息子が二人とも不在だなんて! 何を自慢すればいいのよお」
「二人で出るって言ったんだから、どっちもいないのは当たり前だろう?」
何言ってんだ、この酔っぱらいはと思いながら兄の方へ視線を向けると、彼は引きつった笑いを浮かべていた。
「父さんのこととか、お姉ちゃんのこととか自慢したらいいじゃないの」
母の後ろで黙って話を聞いていた姉が徐 に嫌な顔をする。
「そんなの……和史さんは元々雛本の人間なんだから、みんな知ってるじゃないのよ」
そう、父は母にとって親戚にあたる。分家の人間なのだ。
よく知る身内のことを自慢されても……となるだろうが、相手は酔っぱらいだ。どうせ何を言っても覚えているわけがない。
なんでそんなことに拘るんだ、と優人は額に手をやった。
「もう! お母さん。優人たちに絡んでるなら戻ろうよ。お迎えが来ちゃう」
本家には強靭なお迎えシスターズがいる。母からは従妹にあたる人々。
これまた癖の強い酔っぱらいの面倒な人たちだ。
「なに! 佳奈、いつの間にそこにいたのよ。トイレくらい一人で行けるって言ったじゃない」
と母。
「行けてないから玄関にいるんでしょう? 洩れる前にトイレ行こうね、お母さん」
「ちょ……介助とかいらないから。年寄り扱いしないでよー」
「はいはい、早く行きましょうねえ」
姦しい酔っぱらいは姉に連行されていった。
「なんだか賑やかだね。旅館の人たちに迷惑かけてないと良いけれど」
言って兄の方を向くと、彼は母たちの去っていった方を見つめている。
「兄さん、どうかした?」
「いや。あんなに酔ってるの見たのは初めてだなと思って」
それは……と優人は兄の手を取って。
「子供が大きくなったから、安心して羽目外せるようになったからじゃない?」
「なるほど」
優人は彼の手を引くと旅館の奥へ向かって行く。
「売店で何か買っていく?」
ここ、クヌギ旅館の売店は二十四時間営業。そのため、夜でもかなりにぎわっていた。
「ここのクリーム餡のネコ饅頭は有名らしいぞ」
「へえ、覗いてみようよ」
二人ともどちらかというとネコ派。どんなものか気になるのは当然だろう。
「ぐ……これは可愛すぎる」
兄は箱を手に持ち、見本を見つめた。
ころんと丸い、ネコ型饅頭。食べるのがもったいないくらい可愛い。
「ちょっと買って食べてみようよ」
と優人が箱に手を伸ばすと、
「食べるのか? こんなに可愛いのに」
と兄。
「食べないでどうする気なの?」
「お前結構、無情な奴だな」
優人はふふふっと笑うと、箱を持ってレジへ向かったのだった。
会計を済ませて売店を出ると、ベンチに腰かけて待っていた兄は少し不機嫌そう。
その理由は、無情にも優人がネコを食べるから……ではないことくらいは分かっているつもりだ。
「お前、ほんと……どこ行ってもモテるよな」
膝の上に肩ひじをつき、手の甲に顎を乗せた兄は優人を上目遣いで見上げ。
優人が売り子に連絡先を渡されそうになっていたのが気に入らないようだ。
「ちゃんと断ったでしょ」
明るい茶色の髪は地毛。
しかし軽そうに見えるのは髪色のせいだと思っている。
兄は艶のある黒髪。
優人は前髪を一つまみし、
「染めようかな」
と呟くように言うと、
「ダメだ」
と言われてしまう。
優人は肩を竦めると、
「なんでよ」
と言いながら、兄に手を差し出した。
和宏は優人の手を掴むとベンチから立ち上がり、
「似合っているから」
と一言。
「兄さんはズルいよ」
優人は思わず笑ってしまったのだった。
「もー。あんたたちどこ行ってたのよー」
母はだいぶ酔っているようだ。
付き添っていた姉が彼女の後ろで肩を竦めた。
「どこって、メッセしたじゃないかよ」
と優人。
「わたしの自慢の息子が二人とも不在だなんて! 何を自慢すればいいのよお」
「二人で出るって言ったんだから、どっちもいないのは当たり前だろう?」
何言ってんだ、この酔っぱらいはと思いながら兄の方へ視線を向けると、彼は引きつった笑いを浮かべていた。
「父さんのこととか、お姉ちゃんのこととか自慢したらいいじゃないの」
母の後ろで黙って話を聞いていた姉が
「そんなの……和史さんは元々雛本の人間なんだから、みんな知ってるじゃないのよ」
そう、父は母にとって親戚にあたる。分家の人間なのだ。
よく知る身内のことを自慢されても……となるだろうが、相手は酔っぱらいだ。どうせ何を言っても覚えているわけがない。
なんでそんなことに拘るんだ、と優人は額に手をやった。
「もう! お母さん。優人たちに絡んでるなら戻ろうよ。お迎えが来ちゃう」
本家には強靭なお迎えシスターズがいる。母からは従妹にあたる人々。
これまた癖の強い酔っぱらいの面倒な人たちだ。
「なに! 佳奈、いつの間にそこにいたのよ。トイレくらい一人で行けるって言ったじゃない」
と母。
「行けてないから玄関にいるんでしょう? 洩れる前にトイレ行こうね、お母さん」
「ちょ……介助とかいらないから。年寄り扱いしないでよー」
「はいはい、早く行きましょうねえ」
姦しい酔っぱらいは姉に連行されていった。
「なんだか賑やかだね。旅館の人たちに迷惑かけてないと良いけれど」
言って兄の方を向くと、彼は母たちの去っていった方を見つめている。
「兄さん、どうかした?」
「いや。あんなに酔ってるの見たのは初めてだなと思って」
それは……と優人は兄の手を取って。
「子供が大きくなったから、安心して羽目外せるようになったからじゃない?」
「なるほど」
優人は彼の手を引くと旅館の奥へ向かって行く。
「売店で何か買っていく?」
ここ、クヌギ旅館の売店は二十四時間営業。そのため、夜でもかなりにぎわっていた。
「ここのクリーム餡のネコ饅頭は有名らしいぞ」
「へえ、覗いてみようよ」
二人ともどちらかというとネコ派。どんなものか気になるのは当然だろう。
「ぐ……これは可愛すぎる」
兄は箱を手に持ち、見本を見つめた。
ころんと丸い、ネコ型饅頭。食べるのがもったいないくらい可愛い。
「ちょっと買って食べてみようよ」
と優人が箱に手を伸ばすと、
「食べるのか? こんなに可愛いのに」
と兄。
「食べないでどうする気なの?」
「お前結構、無情な奴だな」
優人はふふふっと笑うと、箱を持ってレジへ向かったのだった。
会計を済ませて売店を出ると、ベンチに腰かけて待っていた兄は少し不機嫌そう。
その理由は、無情にも優人がネコを食べるから……ではないことくらいは分かっているつもりだ。
「お前、ほんと……どこ行ってもモテるよな」
膝の上に肩ひじをつき、手の甲に顎を乗せた兄は優人を上目遣いで見上げ。
優人が売り子に連絡先を渡されそうになっていたのが気に入らないようだ。
「ちゃんと断ったでしょ」
明るい茶色の髪は地毛。
しかし軽そうに見えるのは髪色のせいだと思っている。
兄は艶のある黒髪。
優人は前髪を一つまみし、
「染めようかな」
と呟くように言うと、
「ダメだ」
と言われてしまう。
優人は肩を竦めると、
「なんでよ」
と言いながら、兄に手を差し出した。
和宏は優人の手を掴むとベンチから立ち上がり、
「似合っているから」
と一言。
「兄さんはズルいよ」
優人は思わず笑ってしまったのだった。
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