5 暴きたい彼の本心
文字数 1,637文字
ここからがきっと本来の目的を果たすために設けられた道なのだろう。
和宏を優人へ返し阿貴と同居することを決めた遠江は、そんな風に思っていた。
しかし事態は急変する。
阿貴が雛本本家から出ることになった原因の相手に結婚の話があがったのだ。それはいずれ阿貴が迎えに行くと約束した相手。
事情を知っていた遠江はその女性の救出を優先することにした。チャンスはそう多くはないだろう。そして事は一刻を争うと思われた。
自分たちのみでは雛本本家から女性一人を逃すことすら難しいだろう。
そこで遠江は以前秘書に調べさせた『雛本優人』の調査書に目を向けた。
彼ならこの四面楚歌である現状をひっくり返せるに違いない。
それは賭けでしかなかった。
だが試す価値はある。問題はすんなり優人が協力をしてくれるかだ。
雛本本家とは一風変わったところである。
何世帯もの一族の者たちが一緒に暮らしていた。だが、主に女系。男系は跡継ぎとなる直系以外は外で所帯を持つ。
今回の中心となるのは、家長の長男の息子の子供。
つまり直系男児の娘。それは阿貴の実父でもある。
優人を巻き込んだ遠江は、想像以上に計画が上手くいっていることを知った。このままならば、目的の女性を救い出すことは出来そうだ。
一族会議の行われる場所へは阿貴と共に。
そこで『雛本和宏』に再会した。
声をかけたのは話したいと思ったからだ。
自分はまだ彼に本心を告げてはいない。この先、どれくらいチャンスがあるか分からない。もしかしたらこれが最後ということもあるだろう。
優人の覚悟次第では自分のものになるはずだった和宏。
久々に会い、辛辣な言葉をかけられても遠江は笑顔を絶やさなかった。
──不思議だな。
人は想いを形にすることが出来る。その人から紡がれる言葉は確実にその人物の人となりを表しているだろう。
だからどんなに辛辣な言葉を向けられても、彼が冷たい人だとは感じないのだ。自分は彼の心の奥底にある情熱も優しさも愛も知っている。
文字の世界を通じて。
触れたいと思った。しかしどこで誰が見ているかもわからない。
特に彼の弟であり恋人である優人は意外と嫉妬深い。
──見られたら殺されるな。
遠江は心の中で苦笑いをする。
自分には彼らを引き裂き、愛を手に入れる選択も可能だった。それをしなかったのは、やはり愛した相手には幸せでいて欲しいという気持ちがあったから。
──いや、それは言い訳だな。
阿貴と同じことはしたくなかった。
同類だと思われたくなかった。
そうじゃない……自分の意思で選んで欲しかったのかもしれない。
自問自答して辿り着いた答え。
今だってそうだ。彼が心変わりしたというならいつでも、受け止める選択を選ぶだろう。そんな未来がないことも重々承知だ。
そんなこと、あの”優人”が許すわけがない。
視界の端に『優人』を捉えた遠江は生命の危機を感じつつも、フッと笑みを浮かべる。悪くない。こんな風に嫉妬心を向けられるのは。悪い気がしないのだ。それはいわば、自分を彼がライバルと認めている証拠なのだから。
誰が見ても和宏の心が彼に向かっていることが明確なのにも関わらず、優人は自信を持つことが出来ないのだろうか。
それは【兄弟】という大きな壁を障害だと感じているから?
だったら少しの意地悪くらいは許されるはずだろう。
プライドの高い彼に。
遠江は彼の耳元で囁く。
『和宏をちゃんと満足させてあげなさいね』
それは思った以上に効果があったように思う。
一瞬で深い怒りに染まる優人の瞳。
遠江は愉快に思っていた。自分に対し感情を表さない優人の怒りを買ったことを。何故彼が和宏以外に感情を表さないのか分からない。
それはきっと無意識なのだろう。
感情を表に出さず、穏やかに振舞うのが大人だ。
しかし優人は大人ぶっているのと違った。何かの理由があって身内以外に自分を晒さない。晒せなくなったというのが正しいのだろう。
──楽しくなりそうだ。
和宏を優人へ返し阿貴と同居することを決めた遠江は、そんな風に思っていた。
しかし事態は急変する。
阿貴が雛本本家から出ることになった原因の相手に結婚の話があがったのだ。それはいずれ阿貴が迎えに行くと約束した相手。
事情を知っていた遠江はその女性の救出を優先することにした。チャンスはそう多くはないだろう。そして事は一刻を争うと思われた。
自分たちのみでは雛本本家から女性一人を逃すことすら難しいだろう。
そこで遠江は以前秘書に調べさせた『雛本優人』の調査書に目を向けた。
彼ならこの四面楚歌である現状をひっくり返せるに違いない。
それは賭けでしかなかった。
だが試す価値はある。問題はすんなり優人が協力をしてくれるかだ。
雛本本家とは一風変わったところである。
何世帯もの一族の者たちが一緒に暮らしていた。だが、主に女系。男系は跡継ぎとなる直系以外は外で所帯を持つ。
今回の中心となるのは、家長の長男の息子の子供。
つまり直系男児の娘。それは阿貴の実父でもある。
優人を巻き込んだ遠江は、想像以上に計画が上手くいっていることを知った。このままならば、目的の女性を救い出すことは出来そうだ。
一族会議の行われる場所へは阿貴と共に。
そこで『雛本和宏』に再会した。
声をかけたのは話したいと思ったからだ。
自分はまだ彼に本心を告げてはいない。この先、どれくらいチャンスがあるか分からない。もしかしたらこれが最後ということもあるだろう。
優人の覚悟次第では自分のものになるはずだった和宏。
久々に会い、辛辣な言葉をかけられても遠江は笑顔を絶やさなかった。
──不思議だな。
人は想いを形にすることが出来る。その人から紡がれる言葉は確実にその人物の人となりを表しているだろう。
だからどんなに辛辣な言葉を向けられても、彼が冷たい人だとは感じないのだ。自分は彼の心の奥底にある情熱も優しさも愛も知っている。
文字の世界を通じて。
触れたいと思った。しかしどこで誰が見ているかもわからない。
特に彼の弟であり恋人である優人は意外と嫉妬深い。
──見られたら殺されるな。
遠江は心の中で苦笑いをする。
自分には彼らを引き裂き、愛を手に入れる選択も可能だった。それをしなかったのは、やはり愛した相手には幸せでいて欲しいという気持ちがあったから。
──いや、それは言い訳だな。
阿貴と同じことはしたくなかった。
同類だと思われたくなかった。
そうじゃない……自分の意思で選んで欲しかったのかもしれない。
自問自答して辿り着いた答え。
今だってそうだ。彼が心変わりしたというならいつでも、受け止める選択を選ぶだろう。そんな未来がないことも重々承知だ。
そんなこと、あの”優人”が許すわけがない。
視界の端に『優人』を捉えた遠江は生命の危機を感じつつも、フッと笑みを浮かべる。悪くない。こんな風に嫉妬心を向けられるのは。悪い気がしないのだ。それはいわば、自分を彼がライバルと認めている証拠なのだから。
誰が見ても和宏の心が彼に向かっていることが明確なのにも関わらず、優人は自信を持つことが出来ないのだろうか。
それは【兄弟】という大きな壁を障害だと感じているから?
だったら少しの意地悪くらいは許されるはずだろう。
プライドの高い彼に。
遠江は彼の耳元で囁く。
『和宏をちゃんと満足させてあげなさいね』
それは思った以上に効果があったように思う。
一瞬で深い怒りに染まる優人の瞳。
遠江は愉快に思っていた。自分に対し感情を表さない優人の怒りを買ったことを。何故彼が和宏以外に感情を表さないのか分からない。
それはきっと無意識なのだろう。
感情を表に出さず、穏やかに振舞うのが大人だ。
しかし優人は大人ぶっているのと違った。何かの理由があって身内以外に自分を晒さない。晒せなくなったというのが正しいのだろう。
──楽しくなりそうだ。
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