5 ある一つの結論

文字数 1,610文字

「へえ。お洒落なところだね」
 優人に連れてこられたところは、黒塗りのお洒落な二階建ての建物に蔦が多い茂った喫茶店。二階は優人がお気に入りの音楽屋が入っているらしい。二階へは横の階段を使うらしい。
 隣は古書店となっていた。
「平田とは大抵講義の空き時間とか終わってから出かけることが多いから」
 学業や趣味、空腹を満たす目的で行動を共にすると説明してくれた。
「あとは服を見に行ったりとか」
 意外と大学から近い場所で用を済ませていることに和宏は驚く。もっと行動範囲は広いと思っていたからである。
 
「ここ、結構掘り出し物多いし。何か見てく?」
「うん」
 優人に続いて古書店に入ろうとして、”狭いから手は繋げないね”と耳打ちされた。しかしその言葉になんと返していいのかわからなかった和宏は曖昧に笑みを浮かべる。
 その古書店は簡素な造りだった。決して広いと言えない店内に色褪せた本がひしめき合っている。
「古いっていいね。なんだかタイムトリップした気分になるから」
「そう、だな」
 少し黴臭く感じるのも趣があるなと感じていた和宏は、彼の言葉に同意を示す。

『家族であれ、同じ目的を持っていなければ常に行動を共にするということはない』
 和宏は背表紙の文字を追いながら平田の話を思い出していた。
『もちろん、子供の内は自分の意思とは関係なく一緒にいろんなところへ連れていかれるものです。けれども、それなりの年齢になると友人と行動を共にすることも増えますよね』
 人の興味というのは”思春期に決まってくる”ものだと思う。
 趣味などは家族に影響されることもあるだろうが、学校に行くようになれば家族よりも同年代と過ごすことが増えてくる。
 そこで人が重視するようになるのは輪から外れないようにすることなのではないだろうか? それは意識することもあれば無意識かもしれない。

 では人が輪から外れると感じる主な要因とは何かと言えば『話題』なのだ。
 特に若い世代は『流行』を重視する。もちろんすべての人がそうとは限らない。
 『流行』を重視するのは何故かと言えば、若い世代は経験が少ないために『良し悪し』を自分で決められないことにある。
 社会人となりある程度自由が利くようになれば、実際に手にして良し悪しを学ぶこともできるようになるだろう。むしろ生活するためにお金に余裕がなくなり流行に乗ることを断念することもある。
 そうやって人は大人になるにつれて流行に振り回されなくなっていく。そしてより価値観の合う人と過ごすことが心地よいと学ぶのだ。

『他人と友人関係を築いたり恋人になるというのは、そうやって自分なりの価値観を確立していく過程で出会うものなんですよ』
 ”だから”と平田は続ける。
『兄弟や家族とは違う関係で成り立っていく。それは仕方がないんです。簡単に言えば順番が違うってことですね』
 それでも確実に親兄弟の影響は受けるものだと彼は言う。
『例えば家で日常的に洋楽を聴いていれば、邦楽よりも洋楽の方が好きになることはあるでしょう。そのジャンルも好きになるとは限らないけれど』

 和宏も優人も洋楽派であった。それは父の影響だと言える。
『人は慣れ親しんだものに愛着が湧くようになっているんです』
 ”自然に優人の好みを知りたい”という願いは分かるが、その為には積極的に一緒に行動する他ないというのが平田の結論だった。
『学生、特に大学生というのは高校などと違って自分で講義を選択しなければならない。そして選択した講義がまとまっていることもあれば空き時間ができることもある』
 和宏もK大に行っていたのだから彼の言うことは分かる。
『空き時間は意外と長いんですよ。だからその空き時間を一緒に過ごせる相手と行動を共にすることが多くなるのは自然なことなんです』
 平田の言葉には、同じ環境を望むのであれば自分でそうなるようにするしかないのだという気持ちが込められていると和宏は感じていた。
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