4 好きだから【微R】

文字数 1,559文字

「ちょ……待って」
「待たないよ」
 和宏はベッドの上に組み伏せられて慌てた。
「俺が悪かったってば」
「そんなんで許せる?」
 電話口で口論する妹弟たちに居たたまれなくなり、ベッドルームに移動したのが良くなかったのか。
「別に怒っているわけじゃないけど」
 首筋に彼の唇が触れる。
「噓……だ。怒っているじゃないか」
 和宏の抗議に全く動じることのない優人。
 胸を這う彼の手が徐々に下がり、和宏はその手を制止したいが両手首を一纏めに抑えつけられている状態だ。

「なんでそう思うの」
「なんでって、いきなりこんなことされたら誰だって……」
 ”そう思うだろ?”という言葉を飲み込み、ぎゅっと目を閉じる。彼の手が直に和宏自身を握りこんだからだ。
「いきなりじゃなきゃいいの?」
 問いかけに答えることなどできない。
 耳たぶを甘噛みされ、和宏は小さく声を漏らす。
「あ……んんッ」
 ”答えさせる気、まったくないだろ”と心の中で恨み言を漏らしつつも快感に逆らえない和宏は身を捩った。
「兄さんがネガティブなのは性格だからダメとは言わないけどさ」
 和宏自身を上下しながら耳元で抗議をする彼。
「勝手に落ち込んで、また離れていくなんてことになったら嫌だよ」
 ”だから”と彼は続ける。
「身体に教えてあげないとね。俺がどれだけ兄さんのことが好きなのか」

 優人の言葉に和宏はドキリとした。
 自分に自信がなくて落ち込むのは自分の問題なのだ。それなのにそんな自分のせいで彼を不安にさせるのは間違っていると感じた。

「優人、ごめ……」
「謝らなくていいよ」
 言い終わらないうちに、強い否定の言葉。次いで唇を塞がれる。
「んん……ッ」
 何度も何度も深く求められ、息ができない。
「下手クソ」
「そんなこと言うなよ」
 唇が離れ、咳き込むとそんな風に言われてしまい和宏は眉を寄せた。
 再び彼に視線を戻せば、切なげにこちらを見つめている。
「優人?」
 目が合うと深いため息を漏らし、ゆっくりと視線を逸らす。和宏は怖くなってその腕に手を添える。呆れてしまったのだろうか。
 
「お姉ちゃんは間違ってないと思う。でも、余計なことは言わないで欲しいししないで欲しいと思う。平田もまた然り」
 ”兄さんが不安になるから”と続けて。
「兄さんが不安になれば俺だって不安になるんだよ。わかる?」
「ああ」
 それは理解しているつもりだ。
「タイムトラベラーでもない限り過去は変えられないし、そんなものはこの世界に存在しない」
 ”たら、れば”なんてifを考えてネガティブになるのはやめろと言いたいのだろう。
「変えたい過去は俺にだってあるよ。でも変えたところで、今があるとは限らない」
 和宏はそっと優人の頬に手を伸ばす。優人は頬にあてられた手を握り込むと再びこちらに視線を戻す。

「どうしてわかってくれないの?」
 彼の瞳からポロリと零れた雫が和宏を濡らす。
「俺は他の誰かではなく、兄さんに傍にいて欲しいんだよ」
 自信が持てないために自分はこうして最愛の人を傷つけているのだと思った。和宏は自分に覆いかぶさる彼の背中に腕を回すと、その身体を優しく抱きしめる。
「ごめん」
「まだ謝るの」
「だって……」
 和宏は何といえばいいのかわからなかった。

 人には感情があって、それは良くも悪くも周りを巻き込む要因になる。
 恋愛とはその中でもとても複雑だ。一人でできるものではないから、不安にもなる。どうしたらいいのか分からず迷走してしまうこともあるだろう。
 それは日々の暮らしの中で少しずつ互いを知り、絆を築いていく他に解決法はないのかもしれない。
 だがそれとは逆に、知っているからこそ不安になることもある。
 自分は相手に相応しくないのではないかと。

──でも、そんなのは些細なことなんだ。
 相手の気持ちと自分の気持ちが大切。
 わかっているのに。
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