2 平田と和宏

文字数 1,681文字

「ホントは違うんですよ」
「ん?」
 平日の映画館は思ったよりも混んでいるように見える。
 優人がチケットを三人分購入してきてくれるというので、和宏は平田の隣で腕を組み柱に寄りかかって待っていた。
 平田は両手の親指をパンツのポケットにひっかけてカウンターの列を眺めている。そんな彼を見上げた和宏。
「優人が料理をしなかった理由」
「ああ……」
 その本当の理由には和宏も気づいてはいた。
「もしかして知ってるんですか?」
 驚いた顔をこちらに向ける平田。和宏はゆっくりと一つ瞬きをする。
「そうですか。家では料理するんですか、優人(アイツ)
「するよ」
 ”そうなんですね”と言って再び彼は列に視線を移す。

 和宏は三人兄弟の長子。両親は共働きで忙しい人たちだった。
 中学に上がる頃には和宏が夕飯を担当していた。阿貴と家を出るまで。
 その頃には下の二人も料理はできた。
 恐らく平田とルームシェアをしていた時に料理をしなかったのは和宏のことを思い出してしまうからだと思う。自分が料理をするということは『和宏がないなくなった象徴』の一つでもあったはずだから。

「そっか……俺も食べてみたいな」
 ボソッと呟く彼。
 チラリとそんな平田の方に視線を向けながら和宏は思う。
 彼は今でも優人のことが好きなんだろうなと。先ほどからカウンターの列に視線を向けているのも優人を眺めているのだろうと感じたから。
「今夜、うちくれば?」
 思わずそう提案したのは彼を不憫に思ったからではないはずだ。
「え?」
「夕飯食べていけばいいと思う」
「あ……えっと……」
 困ったように眉を寄せる彼。
「佳奈のことが気になるなら、佳奈も呼べばいいよ」
 一つため息をつくと笑って見せる。

 優人のことはやれない。
 でも優人の作った飯が食いたいというなら、その望みは叶えてやれる。
 和宏はそんな風に思った。

「ちょっと。何二人で楽しそうにしてるわけ?」
 いつの間にか近くまで来ていた優人が不機嫌そうにトレーを平田の方に差し出す。彼はそれを自然に受け取った。
 優人はトレーが手から離れると三枚のチケットを尻のポケットから取り出す。
「優人はほんとヤキモチ妬きだな」
と平田。
「うるさいな」
 彼を睨みつける優人。
「上映まであと少しだな、中に入ろう」
 そんな二人をスルーし、和宏は自分の分のチケットを受け取ると歩き出す。
「兄さん、待ってよ」
 慌てる優人に、肩を竦める平田。
 普段から二人はこんな感じなのだなと改めて思う。

 三人で見た映画は海外のアクションコメディ。
「いつも思うんだが、アメリカの映画って恋愛ものでなくても主人公とヒロイン、もしくはヒーローが恋愛関係に発展する映画多いよな。そこまでは良いけれど、何があってくっついてんのかいつも謎なんだけど」
と和宏が言うと、優人と平田が同時に”それな”と言うように人差し指を斜め上に向ける。
 平田の方は口を軽くへの字に曲げ”不可解だ”という表情をしていた。
「アメリカの恋愛事情って日本とは全然違うらしいですよ」
と平田。
「ふーん。つか、敬語要らないよ平田君」
 和宏がずっと気になっていたことを口にすると、彼が困った顔をする。
 ”どうしよう”と目くばせする彼に、
「いいんじゃね?」
と優人。

「どんなところが一番違うの」
「んー。一番違うのは明確な確認がないことですか……いや、かな」
 言葉遣いをすぐに直すのは難しそうだ。
「あー……なるほど。だから何が起きて恋人みたいになっているのかわからなくても、”そういうもの”ってこと」
 先ほどの映画のワンシーンを思い出し、平田の言葉に納得する和宏。
「ところで優人」
「うん?」
 車のキーを平田に渡そうとしていた優人に話を振る和宏。
「平田君を夕飯に呼んだから」
「え?」
 手の平を差し出した平田。その手にキーを乗せようとしていた優人の手が止まる。
「優人の手料理が食いたいって言うから」
 和宏の言葉に優人が眉を寄せ、平田を見上げた。
「そんなこと言ったわけ?」
「言った……のかな?」
「なんじゃ、そりゃ」
 疑問に疑問で返す彼に”スーパーね”と行き先を告げると優人は助手席に乗り込んだのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み