2 憎しみと対峙して

文字数 1,634文字

 応接室に通していると言われてしまっては拒否できなかった。
 もっとも、拒否するつもりは毛頭ないが。

 緊張しながら応接室のドアを開けると、優人は窓際に立ち外を眺めていた。
「悪い、待たせたかな?」
 三年前よりもずっと背が伸びて、今は和宏よりも高く感じる。以前は自分と同じくらいの身長だったのにと思う。
「別に」
 振り返った彼は相変わらず中性的で端正な顔立ちをしていた。
 兄、和宏は父親似。妹、佳奈と弟、優人は母親似である。落ち着いた灰茶の髪は染めているわけではなく地毛。たった三年で随分大人になったのだなと思った。

 V字のネックのシャツにワインレッド色のパーカー。暗めで細身ののストレートパンツが足の長さを強調している。
 彼の反応の冷たさが、いかに自分を嫌っているのか表現しているようで少し辛い。でもそうさせたのは自分。自業自得なのだ。

「単刀直入に言うけど」
 彼はとても良い声をしている。阿貴に対しては刺々しいが。
「もう。兄さんに近づかないで欲しい」
 あくまでも穏便に済ませようと言うのか。
「それが”優人の”望みなの」
「俺の?」
 優人が怪訝そうな表情をしてそう問う。
「そう、君の。優人が望むなら……僕はその通りにするよ」

 初めは嫉妬していただけだった。
 両親に愛され、兄姉に大事にされている優人に。
 愛人の子で、実母から捨てられ父に預けられたものの一族が暮らす雛本本家は居心地の良いところではなかった。
 望んで産まれたわけでもないのに、愛人の子と言うだけで一族ではつまはじき者。義理の姉だけが味方でいてくれたのだ。

『阿貴。独りぼっちが辛いなら、わたしがあなたの家族を作ってあげる。成人したら一緒にここを出ましょう?』
 そして自分たちは過ちを犯した。
 子供ができてしまい、バレないうちに一族を出ようと話し合ったが、本家を出る前に一族の者に見つかってしまったのである。
 嫌がる義姉をあいつらは無理矢理病院に連れて行き、子供をおろさせた。悪魔の所業としか言いようがない。
 本家に戻って来た彼女は、二度と子供が産めないかもしれないと泣いていた。
『家族を作ってあげられなくてごめんね』
と何度も何度も謝る義姉。
 阿貴は彼女をどう慰めていいのか分からなかった。
 
 そして阿貴にとって雛本一族は、憎しみの対象となったのだ。
 それを境に阿貴はほとんど家に帰らなくなった。
 何度か補導され、『雛本家に恥をかかすな』と父に殴られもしたが、お前が言うのか? と思った。
 父には殺意が芽生え、その頃に出逢ったのが遠江である。

 その直後、見かねた父の妹、叔母が阿貴を引き取ると言い出す。
 渡りに船だと思った。
 しかし、彼女も雛本一族に変わりはない。
 彼らは明らかに本家の者たちとは違ったが、当時の阿貴には憎しみの対象でしかない。

 初めは羨んでいた相手にいつの間にか恋心を抱いていたことに気づいた時、全ては遅すぎたのである。その上、彼は異性愛者。
 望みのない恋心を抱え、阿貴はどうしていいのか分からなくなっていた。
 そんな時、自分にとっては義兄である和宏の気持ちに気づいてしまったのだ。

 たくさんの過ちを犯し、好いた相手に憎まれながらここに立っている。
 その相手と対峙して。

「どういう意味?」
 優人はじっとこちらを伺っていたが、眉を寄せ阿貴に質問をぶつける。
「そのままの意だ」
「俺から兄を奪ったのに?」
 自分が酷いことをしたから恨まれているのだ。
 因果応報。
「そうだよ」
 
 優人はツカツカと阿貴の前まで歩いて来ると、徐に胸ぐらを掴む。
 阿貴は身動ぎもせず、そのまま受け止める。
「ふざけてんの?」
 以前は感情すら向けられることはなかったのだ。
 彼は現状に苦しみながらも受け止め、耐えていた。
「殴りたければ、殴ればいい」
「勝手に俺から奪っておいて、なんの執着もないと?」
 優人は怒りを通り越して、目に涙を浮かべていた。

 そんな彼を見つめ、こんな時なのに和宏を羨ましいと思っている自分に阿貴は辟易したのだった。
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