2 幸せの場所へ【微R】

文字数 1,569文字

「大好きだよ」
 耳元で囁かれ、和宏は優人の首に腕を絡める。

 ゆっくりと温泉に浸かるつもりが、彼に見惚れていた。
 そんな様子に気づいた彼は、
『早く上がろうか』
とクスリと笑う。
 その後、浴衣に着替えた優人を見て和宏は悶絶したのだった。

──似合う! カッコイイ。

『何、そんなじっと見て。照れるじゃないの』
 肩を竦める優人にスマホを向けると、シャッターを押す。
『もう、兄さんったら』
 彼にスマホを取り上げられ、手を伸ばせば唇を奪われる。和宏はその口づけに夢中になった。
 腰を引き寄せられ、彼がスマホをテーブルの上に置くのが視界の端に映る。
『兄さんの浴衣姿は……色気があり過ぎると思うよ?』
 和宏は布団の上に押し倒され、彼に浴衣の間から手を差し入れられた。その手はゆっくりと肌を撫でる。
 
──優人は、いつから俺に特別な感情を抱いたのだろう?

 先ほど部屋の入り口で泣いていたことを思い出し、切なくなった。
 全て自分がいけないのだ。母に反対されたのに、結論を急いだ。
 絶対に叶わないものだとして、彼の前から逃げた。

 どうして信じることが出来なかったのだろう?
 例え叶わなかったとしても、この気持ちと向きあって答えを出してくれると。

──いや、違う。
 俺は阿貴を贔屓したことに後ろめたさを感じていた。
 寂しがっていることを知りながら、知らないふりをしたんだ。

 あの日、自分は見ていたはずなのに。
 一人、自室で膝を抱えて泣いていた優人を。
 それなのに、阿貴を贔屓し続けたのは……。

──気を引きたかったからだ。
 俺は浅ましい。
 
「優人」
「うん? どうかした?」
 もう中学生ではない、それでもまだ大人にはなり切っていない可愛らしさを残した彼が不思議そうにこちらを見ている。
 思い切ってあの日のことを話せば、
「兄さんは意地悪だね」
と苦笑した。

「俺にとって兄さんは、ずっと一番だったよ。中学生にもなってと思うかも知れないけれど、阿貴に取られて凄く嫌だった。かまって欲しかったよ?」
「うん」
「もう、誰にもやらないから」
 ”覚悟して”と言われ、何故かときめいてしまっている。
「どうして欲しい?」
 どうすれば”構う”ことになるんだ? という意味で問うたつもりだが、
「え?」
と驚かれた。
「なんでもしてやる」
 じっとその目を見つめ、そう口にすれば、
「傍にいてくれるだけでいい」
と言われる。

「それだけ?」
「俺にだけ構ってくれればいい」
「んッ……」
 胸の突起に彼の親指の腹があたり、和宏は声を漏らしてしまう。
「兄さんは俺だけ感じていればいい」
「はあッ……まっ……」
 唇を塞がれ、その先は言葉にならなかった。


「んんッ……はあッ」
 丁寧に前戯を施され、気づけば奥に彼を受け入れている。
 夢中になり過ぎて、一部記憶が飛んでいた。
「あッ……ああッ」
 和宏は肌を晒しているのに、彼は浴衣を身に着けたまま。
 それがさらに和宏の欲情を煽る。
 室内には月明かりが差し込み、ガラス戸の向こうには幻想的な景色が広がっていた。

 何度も彼の名を呼び、深く口づけを交わす。
 熱を分け合うように。愛情を確かめるように。
 誰に反対されても、この手は放したくないと思った。叶うなら生涯傍で、ただこの温もりだけを感じて生きていきたい。

 響く水音。繋がる熱。
 何もかもが非現実的で、確かな現実。
 大好きなその声が、時折和宏の名を呼ぶ。

──ズルい。
 そんなことされたら、止まらない。

「名前、呼ばれるの好きなの?」
 意地悪な質問だ。
「当たり前だろ? 好きな人に呼ばれているんだから」
 何度熱を放っても、治まらない。
 もっととこの身が求めてしまう。
「可愛い」
 彼はそう言って目を細めると、和宏自身に指を絡めた。
 
 堕ちるところまで堕ちて。
 浮上なんてしなくていい。
 このまま二人で沈んでしまいたいと願った。
 幸せの場所に。
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