1 未来への選択
文字数 1,657文字
【Side:実弟 優人】
「兄さん」
中庭に行くと和宏が遠江と一緒にいた。
楽しそうに見えないのが唯一の救い。自分が何故こんなにも余裕をなくしてしまうのか。それはきっと、遠江が自分よりもずっと年上だからだと思う。
彼がこちらの反応を伺って楽しんでいることも理由の一つだろう。
「もう。なんで気安く兄さんの傍にいるんだよ」
和宏の手を掴み、遠江の方を見ると忌々しいというように言葉を投げ捨てる。
「話がしたかった。ただそれだけですよ」
こんな公の場にいるのに、と彼がため息交じりに零す。
手を引かれた和宏は立ち上がると、優人に密着した形になった。距離が近すぎたのだ。
「何がそんなに心配なんです? 和宏が僕になびくとでも?」
「心配なんかしていない。ただ、不愉快なだけだ」
普段は冷静でいられるのに、この男の前だと心がかき乱される。自分以外に兄が興味を示すなどとは思っていない。むしろ興味を持たせはしない。
「兄さん、いこう」
声をかけ、歩き出すと彼は素直にそれに従った。
振り返りはしない。きっと面白そうにこちらを眺めているに違いないから。
とても腹ただしい。
「優人」
売店の前に差し掛かると、兄が声を発した。
優人にだけ向けられる優しい声音。
「ん? 何か買う?」
思わず優人も優しい言い方になった。
「いや、どこか行きたいなと思って」
数日間旅館に閉じ込められているのと変わらない状況だ。観光がてらに泊っているというのなら、飽きもしないしないだろうが。
”どこか連れていってよ”と小さく笑みを浮かべる彼。
──なんなの。クソ可愛いんですが?
「旅館飽きたの?」
「そりゃ……暇だし」
「そっか、じゃあ」
コンビニで観光雑誌でも買おうかと思いながら和宏の恰好を眺める。
何故いつもそんな薄着なんだと思うくらい、彼は薄着だ。
「まずは部屋に行って、上着取ってからね」
優人の言葉に和宏は軽く頷く。
彼はワイシャツ一枚にスラックスという恰好だった。
何故上着を羽織らないのだと聞けば、
「旅館の中は寒くないし、動き辛いだろ」
という返答。
「それは兄さんが動き辛い素材を選ぶからじゃ?」
優人はVネックの長袖のTシャツにパーカーというラフな格好で動きやすいが、ワイシャツはそれに比べれば確かに動き辛い。
「兄さんもラフな格好すればいいのに」
何気なくそう提案すると、
「似合わないし」
と小さな呟きが聞こえた。
「まあ、兄さんのネクタイにカーディガンって恰好は好きだけど」
可愛くてという言葉を飲み込んで。
優人の言葉にチラリとこちらに視線を向ける彼。
「細いタイ買おうよ。ゴシックとかならきっと似合う」
ほらと言ってスマホの画面を向けると、和宏は興味を示したのか素直に視線を落とす。
「黒にチェックの赤とかいいじゃない? ネイビーもいいね。ワインレッドは……ダメ」
「なんで」
「ちょっとセクシーだし」
「は?」
優人の発言に怪訝な表情をする和宏。
黒のシャツにチェックのネクタイにトレンチコート。
優人は和宏が試着したところを想像し、なかなか良いねと顎に手をやる。
「よし、ショッピングモールにでも行こう」
優人は車のキーをテーブルの上から取り上げると、スマホをチノパンのポケットに突っ込む。
和宏はカーディガンを羽織ると優人に続いた。
「ひと段落したら、就職活動しないとな」
駐車場へ向かい隣を歩く和宏は、カーディガンのポケットに両手を突っ込んで。
「働くの?」
「まあ、もう自由だしな」
和宏は働く意思がなかったわけではない。単に阿貴によって閉じ込められていたに過ぎない。恐怖や不安から解放されれば自由なのだ。
「阿貴はマンションへは戻らないと言っていたし、これからどうする?」
それは彼が自宅マンションへ戻るという意味合いなのだろう。
「俺、兄さんのとこ行っちゃだめ?」
和宏が優人のところへ避難してからは、書評を書いていた時の担当である片織が管理をしてくれていた。
「じゃあ、二人で部屋を借りようか」
和宏は優しい笑みを浮かべて。
──そうか、選択は一つじゃないんだ。
「兄さん」
中庭に行くと和宏が遠江と一緒にいた。
楽しそうに見えないのが唯一の救い。自分が何故こんなにも余裕をなくしてしまうのか。それはきっと、遠江が自分よりもずっと年上だからだと思う。
彼がこちらの反応を伺って楽しんでいることも理由の一つだろう。
「もう。なんで気安く兄さんの傍にいるんだよ」
和宏の手を掴み、遠江の方を見ると忌々しいというように言葉を投げ捨てる。
「話がしたかった。ただそれだけですよ」
こんな公の場にいるのに、と彼がため息交じりに零す。
手を引かれた和宏は立ち上がると、優人に密着した形になった。距離が近すぎたのだ。
「何がそんなに心配なんです? 和宏が僕になびくとでも?」
「心配なんかしていない。ただ、不愉快なだけだ」
普段は冷静でいられるのに、この男の前だと心がかき乱される。自分以外に兄が興味を示すなどとは思っていない。むしろ興味を持たせはしない。
「兄さん、いこう」
声をかけ、歩き出すと彼は素直にそれに従った。
振り返りはしない。きっと面白そうにこちらを眺めているに違いないから。
とても腹ただしい。
「優人」
売店の前に差し掛かると、兄が声を発した。
優人にだけ向けられる優しい声音。
「ん? 何か買う?」
思わず優人も優しい言い方になった。
「いや、どこか行きたいなと思って」
数日間旅館に閉じ込められているのと変わらない状況だ。観光がてらに泊っているというのなら、飽きもしないしないだろうが。
”どこか連れていってよ”と小さく笑みを浮かべる彼。
──なんなの。クソ可愛いんですが?
「旅館飽きたの?」
「そりゃ……暇だし」
「そっか、じゃあ」
コンビニで観光雑誌でも買おうかと思いながら和宏の恰好を眺める。
何故いつもそんな薄着なんだと思うくらい、彼は薄着だ。
「まずは部屋に行って、上着取ってからね」
優人の言葉に和宏は軽く頷く。
彼はワイシャツ一枚にスラックスという恰好だった。
何故上着を羽織らないのだと聞けば、
「旅館の中は寒くないし、動き辛いだろ」
という返答。
「それは兄さんが動き辛い素材を選ぶからじゃ?」
優人はVネックの長袖のTシャツにパーカーというラフな格好で動きやすいが、ワイシャツはそれに比べれば確かに動き辛い。
「兄さんもラフな格好すればいいのに」
何気なくそう提案すると、
「似合わないし」
と小さな呟きが聞こえた。
「まあ、兄さんのネクタイにカーディガンって恰好は好きだけど」
可愛くてという言葉を飲み込んで。
優人の言葉にチラリとこちらに視線を向ける彼。
「細いタイ買おうよ。ゴシックとかならきっと似合う」
ほらと言ってスマホの画面を向けると、和宏は興味を示したのか素直に視線を落とす。
「黒にチェックの赤とかいいじゃない? ネイビーもいいね。ワインレッドは……ダメ」
「なんで」
「ちょっとセクシーだし」
「は?」
優人の発言に怪訝な表情をする和宏。
黒のシャツにチェックのネクタイにトレンチコート。
優人は和宏が試着したところを想像し、なかなか良いねと顎に手をやる。
「よし、ショッピングモールにでも行こう」
優人は車のキーをテーブルの上から取り上げると、スマホをチノパンのポケットに突っ込む。
和宏はカーディガンを羽織ると優人に続いた。
「ひと段落したら、就職活動しないとな」
駐車場へ向かい隣を歩く和宏は、カーディガンのポケットに両手を突っ込んで。
「働くの?」
「まあ、もう自由だしな」
和宏は働く意思がなかったわけではない。単に阿貴によって閉じ込められていたに過ぎない。恐怖や不安から解放されれば自由なのだ。
「阿貴はマンションへは戻らないと言っていたし、これからどうする?」
それは彼が自宅マンションへ戻るという意味合いなのだろう。
「俺、兄さんのとこ行っちゃだめ?」
和宏が優人のところへ避難してからは、書評を書いていた時の担当である片織が管理をしてくれていた。
「じゃあ、二人で部屋を借りようか」
和宏は優しい笑みを浮かべて。
──そうか、選択は一つじゃないんだ。
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