1 夜に想いは融けて

文字数 1,568文字

【Side:実弟 優人】

 丘の上のちょっとしたスペース。
 車から降りてみれば街が一望できた。
 手すりに腰かけ隣に立つ和宏に視線を向ければ、彼はただじっと夜景を見つめている。

──俺だけを見ていればいいのに。

 そんなことを思いながら、優人は和宏に手を伸ばした。
「うん?」
 腰の辺りに絡みついた優人の手に気づく彼。引き寄せれば素直に優人の前に立つ。
「そんなに夜景に夢中にならないでよ」
 少しムッとして言えば、
「なんだ、ヤキモチか?」
と彼が笑う。
 腰を引き寄せ抱きしめると、彼の腕が首に回った。
「中で映画でも観ようよ」
「そうだな」
 優人は和宏にちゅっと口づけると立ち上がり、その手を取って車に向かって歩き出す。


 初恋の相手は姉だった。
 兄と姉は優人に対しての考え方が真逆。どちらも大切にしてくれていたと思う。
 過保護で転ばぬ先の杖をしたがる兄に対し、姉は自己の責任において自由と言うスタンス。可愛い子には旅をさせよという考え方だった。
 初恋が兄弟と言うのは、自分にその優しさが向けられるからだと思う。父母が初恋と言う人もいるだろう。しかしその想いは、大多数が一時的なモノ。
 自分が姉に対して恋心を失っていったのは、彼女の好きな相手が兄だったから。今はどう思っているのかは知らないが、二人で良く出かけているのを見て、嫉妬したこともある。

 自分は年が離れているから相手にされないのだろうか?
 そんなことを考えた時期もあり、背伸びしたがった。
 今思えば、兄弟から仲間外れにされているように感じ、嫉妬したのだろう。

 姉に嫉妬する自分をオカシイと思えなかった。
 姉に恋していたはずなのに、兄を独り占めしている姉に嫉妬したのだ。

「優人、映画観るんじゃなかったのか?」
 後部座席でモニターを観ていた和宏の腰を引き寄せ、その首筋に吸い付く。
 旅館でもあんなにしたのに、身体が兄を求めている。

 兄、和宏は過保護だが甘いわけではなかった。だからと言って冷たいわけでもない。ただ、優人を傷つける全ての者から守ろうとしただけ。
 そしてそれが自分も含まれると感じ、きっと優人の元を去ったのだろうと感じていた。
 だが実際は、
『お前に彼女が出来るのを傍で見ているのは辛いよ。お前、モテるし』
 そんなことを言うのだ。

──ヤキモチも可愛い。
 
 シャツのボタンに手をかけ、彼に口づける。
 露になったその肌に手を滑らせば、息を漏らす。
「ここでするのか?」
「カーテン閉めてるから見えないよ」
 場所をわきまえない自分に、兄は何を思うのだろう。大切にされていないと思うだろうか?
「お前、意外と……」
 何かを言いかけ、彼は小さく笑う。
「なに?」
 和宏をシートに押し倒し首を傾げれば、
「衝動的なんだなと思って。性欲なんかありませんみたいに振舞っているのに、いつも」
「兄さん以外には実際、立たないよ」
 彼に覆いかぶさり、口づけを求める。和宏は優人の言葉に一瞬驚いた顔をした。”こんなに求めてばかりいるのに、相手は自分だけなのか”と思ったのかもしれない。

「嫌?」
と問えば、
「ううん、嬉しいよ」
 それはきっと今の性衝動への返事ではないのだろう。
 それでも優人の背中に腕を回し、ぎゅっと抱き着くのが可愛い。優人はそんな彼を抱きしめ返した。
「俺はずっとお前のことが好きだった。今もずっと」
「愛しているよ、兄さん」
 ”そんな姿、他の人に見せたら嫌だよ?”と耳元で懇願すれば、
「そんなことするか、バカ」
と照れた口調で返答する彼。
 夢中になれる恋愛が誰にでも訪れるわけじゃない。どんなに憧れていても。だから、自分はとても幸せなのだと思った。

──人は人に愛以外の何を求めるというのだろう?
 意思があって思想のある人間を何人(なんぴと)たりとも押さえつけることはできないのに。

 想いは夜に溶けていく。優しい世界を願いながら。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み