1 恋人の証明

文字数 1,596文字

【Side:実弟 優人】

「優人、あの……」
 兄、和宏が困った顔をして優人を見上げる。
「どうかした?」
「ちょっと、くっつき過ぎじゃ?」
 古書店で一冊本を購入し、音楽屋へ移動した二人。平日の昼前ということもあり、店内にはほぼ客がいなかった。
「恋人の距離感ってこんなもんでしょ」
「いや……そうだとしても、ここ外だし、日本だしさ」
 どんな形の恋愛形態であっても差別はされなくなったが、日本独特の文化が廃れることはない。確かに外で気軽にイチャイチャするカップルも存在はする。
 だがそれを見目の良いものと評価する人はやはり少数派なのだ。きっと日本人は奥ゆかしさも持ってはいるが、周りからどう見られるかをより冷静に考える民族なのだろう。

「あ、この曲好き」
 兄が不意に天井近くに設置されているスピーカーを見上げる。
「車の中でよくかかってるよね」
 さりげなく適切な距離を作る兄が可愛いなと思う。
「そうだね。でもこの曲って結構セクシャルな曲だって知ってた?」
 先日、平田に『なんつー曲歌ってんだよと思って』とツッコまれた曲である。
 兄は英語が苦手な癖に洋楽を好む。それは父の影響が大きいのだが、優人が好む曲調は兄の影響が大きかった。だから好みが似ているのは何ら不思議ではない。

「え、そうなの?」
「そうだよ」
 優人が相槌を打って微笑んで見せると彼は息を呑んだ。
 おおかた優人の笑顔に見惚れてでもいるのだろう。深く追求はせずに再び棚の方へ視線を移せば躊躇いがちに彼の指先が優人の手に触れる。
『仮眠するって言ってなかった?』
『そうなんだけど、意外と話が盛り上がっちゃってさ』
 優人はふとここへ来る前にした平田との会話を思い出す。
『ふうん。何話したの』
 余計なこと言ってないよなと言う意味を込めてそう問えば、
『世間話だよ。少し、恋愛の概念について話はしたけど』
と平田。
『優人にとっては、恋人らしさって何だと思う?』
 平田の質問に明確な返答が出来なかった優人。

──この場合の恋人らしさって、どんな間柄でも共通に感じることなんだろな。

 他人から恋人へというケースが一般的だろう。
 ここでいう他人とは血縁外という意味合いだ。
 そしてお見合いなどの全く互いを知らない関係から恋人になることもあれば、幼いころから知っている幼馴染みから恋人になることもあるだろう。

 しばしば論争となる友人と恋人の違いについて。
 単に性交ありきか否かに分類されることもあるが、そもそも性交とは誰とでもできるものだ。相手が誰でも良いかどうかは別として。
 これは人間が理性や思想によって自制したり拒絶したりするだけの話。つまりただの生殖行為ということ。
 なので合意さえすればパートナーや恋人ではなくてもできる。
 そういうことからも恋人と友人の違いには適用されないと思うのだ。

──従兄でも婚姻はできるわけだから、一族という意味合いではやはりそこから『恋人』という位置になるには『らしさ』というものにぶち当たると思うんだけど。

 さりげなく兄の手を握り込むと、優人は棚を見つめて。
 その『らしさ』が外側なのか内側なのかでも大きく定義は違うだろう。周りから恋人に見えるのは簡単なことだ。
 芸能人の不倫ニュースにもしばしば登場する、恋人繋ぎ。男女間で手を繋ぐことはこの日本においては恋人の象徴とも言えるのではないだろうか?
 もちろん同性間でも特別なことに見られるだろう。

──でも、俺が求めているのはそういうことじゃないんだよな。

 性交は互いの同意によって行われるものである。
 だからそれが恋人の証明にはならないし、その関係が恋人やパートナーとは限らない。
 手を繋ぐことは、想い合っている証拠であると周りから見られることが多いがそれは必ずしも恋人らしさに繋がるとは限らない。

──これって詰む感じ?

 自分の思想に行き詰ってしまった優人は小さくため息を漏らしたのだった。
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