1 あの日の記憶と彼のくれる愛【R】

文字数 1,648文字

【Side:兄 和宏】

 嫉妬が自分に向かう。
 彼の感情全てが。
 あの日の苦しみを(さら)うように。

『義兄さんは、優人のことが好きなんでしょ?』
 一緒に暮らし始めた夜、阿貴はベッドの中で彼は確認するように和宏に問うた。全てを失ってなお、心を抉るというのか。
『何故そんなことを聞くんだ?』
『何故って……』
と彼の手は和宏の内腿(うちもも)を撫でた。

 否定も肯定もすることが出来ないまま、彼の意のままに服を剥ぎ取られ組み敷かれる。屈辱的な行為に、耐えるしかなかった。
 まさか恋人になった一日目でこんなことをされるとは思わなかったのだ。
『こんなことはしたくない』
 拒否するも、和宏自身を彼は咥え刺激を与えようとした。
 全く反応しなかったことがいけなかったのだろうか。
『どこ触って……』
『立たないなら仕方ない。俺が義兄さんを抱く』
『いやだ。そんなところ触るなッ』

 必死に抵抗した。
 人前で泣くのは嫌だった。
 プライドを砕かれ、人としての尊厳を失い、想いすら粉々にされる。
 自分が選んだ道は間違いだったのだろうか?
 
──好きになれると思ったんだ。
 優人のように懐いてくれていたから。

 悪魔だと思った。
 何かが音を立てて壊れていく。
 人形にならなければいけないと思った。
 心を捨て、人間であることを辞めなければ呼吸すらできないと。

『そんなに嫌なら、ここは勘弁してあげる。でも、条件があるよ』
 悪魔は和宏を壊した。
『優人と佳奈に、二度と会わないこと』
 死にたいと思わせるほどに。
 それでも阿貴は和宏を手放そうとはしなかった。
 壊れて人形のようになった和宏に、快楽を刻み込んだ。

 ただ熱を放つ人形となった自分は、ずっと地獄で青空を夢見た。
 籠の鳥。
 逃げることのできない永遠の地獄。
 それでも、小さな光に縋って呼吸をした。

『今日は優人の誕生日なの。和宏は今年も帰らないの?』
 許されているのは両親とのやり取りだけ。
 母の送ってくれるムービーや写真だけが和宏を癒した。

 阿貴のいない時、優人を想い一人泣いた。
 叶わなくても、母の言う通り傍に居ればよかったと。
 でも耐えられなかった。
 傍で、彼に恋人が出来るのを黙って見ていなければならないのかと思うと。


「優人……」
「ごめんね、痛い?」
 優人の問いに、和宏はゆっくりと首を横に振る。
「俺は、お前のことを好きでいてもいいのか?」
 ぽろぽろと涙を零す和宏を、ぎゅっと抱きしめてくれる彼。
「愛してよ、兄さん。気が振れるほどに」
 ずっと会いたかった相手が、熱を分け愛をくれる。
「愛してるよ。とても」

 何度も何度も深く口づけを交わし、和宏の熱を煽っていく彼。
 こんな風に欲しいと思ったのは初めてだった。

「んんッ……」
 再び両足を大きく広げられ、恥かしいところを覗かれる。
「あッ……」
 彼の舌が蕾に触れ、甘く疼く。
 ただ耐え凌ぎ、苦痛の終わりを待つ阿貴との行為とは全てが違っていた。
 くいっと蕾が広げられ、中に彼の舌が挿しいれられると言いようのない快感に甘い声が漏れる。恥ずかしさに顔を覆うが、効果はなかった。

 異性愛者であるはずの彼が。
 最愛の弟が自分にこんなことをしていると思うだけで、更に興奮してしまっている。たくさんの女性に求められ、その全てを断って来た彼。

『鉄壁の理性』
などと呼ばれ、簡単に付き合いはするものの落ちない男でもあった。
 ゲーム感覚で落とそうとした者もいたに違いない。
 彼は単に、安易な性行為を望まないだけなのだ。
 責任のない行動をしない。
 そんなギャップを持った彼だったから、モテたのだろうとも思う。

 その優人が自分に対し、理性を手放した。
 きっと、相手が男だから()いというような安易な考えは持ち合わせていないだろう。

 とろりと手のひらに、ジェルを落とす彼。
 上気するその顔が艶めかしく、欲情を煽る。
 和宏は、端正で中性的にも見えるその顔を見つめていた。
「そんなもの欲しそうな顔しないでよ。我慢できなくなるじゃない」
 彼はそんな和宏に気づき、そう言って優しく微笑んだのだった。
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