5 後悔のその先へ
文字数 1,612文字
数日後。
計画は見事に成功を納めた。
だが、義姉を連れ出すことに成功したにすぎない。
「やっぱりイケメンの説得力は効果テキメンね」
「なにいってんの、母さん。自分の息子に」
阿貴は、叔母でもある義母と優人の会話を眺めながら、義姉を連れ出す役に最初に抜擢にされたのは『和宏』だったという話を思い出していた。
優人が猛反対したため、その案は即立ち消えとなったらしい。
もっとも、その案を出したのは義母であるが。
理由を聞けば、
『和宏なら年齢的にも納得させられそうじゃない?』
などと言っていたが、見た目で年齢などわかりはしない。
優人にその役を引き受けさせるための策だったと言われた方が納得できるというもの。
「そういえば、和宏のこと放っておいていいの? 遠江さんと一緒にいたみたいだけれど」
「それ、先に言ってよ」
またかと言う顔をし優人は彼女から離れる。
阿貴が彼の背中を見送っていると、義母から声をかけられた。
「とりあえずは成功してよかったわね」
「ありがとうございます。僕、あなた方に酷いことばかりしてきたのに」
義母、優麻は”そうねえ”とのんびり言葉を発すると、座りましょと言って近くのベンチに表を向ける。
阿貴は売店でお茶のペットボトルを二つ購入すると一つを彼女に手渡し、隣に腰かけた。
「正直ね、あなたが和宏を連れて行ってしまったことに関しては許せないでいる。もちろん、あの子が幸せだったなら気持ちも違ったわ」
自分は初めから和宏を幸せにするつもりで連れ出したわけではない。
ただ、傷をなめ合って慰めあうことを目的としていた。だが、彼はそれを望んではいなかったのだ。
わかっていたのに、やめることができず和宏は心を閉ざした。
「でも、もとはと言えばわたしが奢っていたせいだと思うの。同情は人を救えない。人を救えるのは無償の愛だけなのよ」
優麻は優人が去っていった方向を眺めながら言葉を繋ぐ。
それはきっと、和宏が優人に救われたことを指しているのだと思った。
「子供にとっての親というのは血のつながりではないと思うの。その子が相手を親だと思っているかどうかが大切だとわたしは思うのよ」
無償の愛で救われるのは、相手が求めている場合のみ。
仮に自分が相手に無償の愛を与えようとしても、相手が望んでいなければ救われることはない。
「誰でもいい誰かでは救うことはできないの」
阿貴は黙って彼女の言葉を聞いていた。
彼女なりに向き合い、阿貴を理解しようとしてくれているのだと思う。どうすれば良かったのか。わかったところで過去が変えられなくても。
「優人から聞いたわ。やり直したいって」
「過去は変えられない。許されないことをしたというのも分かってます」
あの頃は周りの全てが敵に思えた。
自分の居場所なんてどこにもないと思っていたのだ。
たった一人、自分に家族を作ろうとしていた義姉はただ悪戯に犠牲になったに過ぎない。自分の苦しみも孤独も、誰にも理解はされないと思っていた。
こうなったのはすべて父母のせいだと。
無責任に自分をこの世に生み出したあいつらのせいだと。
憎むことでしか自分の存在を肯定することはできなかった。
だが今は少しだけ違う。
少なくとも、この世に存在している者たちが全員敵だなどとは思っていない。
「きっとね。人は”誰か”を許せないんじゃない。自分自身を許せないから、相手を憎むのだと思うの」
「それは」
「和宏を止めることができなかった自分が許せないのよ。だから連れて行ってしまったあなたを憎むの」
自分を許せない限り、他人を許すことはできない。
あの時こうすればよかった。こうしたら救えたかもしれない。
その後悔があるから自分を許すことができずに、原因となった者を憎む。
もちろん、その相手にも非はあるだろう。だが一番許せないのは自分自身なのだと。
「後悔も同情も幸せから遠ざかるのよ」
彼女は呟くようにそう言ったのだった。
計画は見事に成功を納めた。
だが、義姉を連れ出すことに成功したにすぎない。
「やっぱりイケメンの説得力は効果テキメンね」
「なにいってんの、母さん。自分の息子に」
阿貴は、叔母でもある義母と優人の会話を眺めながら、義姉を連れ出す役に最初に抜擢にされたのは『和宏』だったという話を思い出していた。
優人が猛反対したため、その案は即立ち消えとなったらしい。
もっとも、その案を出したのは義母であるが。
理由を聞けば、
『和宏なら年齢的にも納得させられそうじゃない?』
などと言っていたが、見た目で年齢などわかりはしない。
優人にその役を引き受けさせるための策だったと言われた方が納得できるというもの。
「そういえば、和宏のこと放っておいていいの? 遠江さんと一緒にいたみたいだけれど」
「それ、先に言ってよ」
またかと言う顔をし優人は彼女から離れる。
阿貴が彼の背中を見送っていると、義母から声をかけられた。
「とりあえずは成功してよかったわね」
「ありがとうございます。僕、あなた方に酷いことばかりしてきたのに」
義母、優麻は”そうねえ”とのんびり言葉を発すると、座りましょと言って近くのベンチに表を向ける。
阿貴は売店でお茶のペットボトルを二つ購入すると一つを彼女に手渡し、隣に腰かけた。
「正直ね、あなたが和宏を連れて行ってしまったことに関しては許せないでいる。もちろん、あの子が幸せだったなら気持ちも違ったわ」
自分は初めから和宏を幸せにするつもりで連れ出したわけではない。
ただ、傷をなめ合って慰めあうことを目的としていた。だが、彼はそれを望んではいなかったのだ。
わかっていたのに、やめることができず和宏は心を閉ざした。
「でも、もとはと言えばわたしが奢っていたせいだと思うの。同情は人を救えない。人を救えるのは無償の愛だけなのよ」
優麻は優人が去っていった方向を眺めながら言葉を繋ぐ。
それはきっと、和宏が優人に救われたことを指しているのだと思った。
「子供にとっての親というのは血のつながりではないと思うの。その子が相手を親だと思っているかどうかが大切だとわたしは思うのよ」
無償の愛で救われるのは、相手が求めている場合のみ。
仮に自分が相手に無償の愛を与えようとしても、相手が望んでいなければ救われることはない。
「誰でもいい誰かでは救うことはできないの」
阿貴は黙って彼女の言葉を聞いていた。
彼女なりに向き合い、阿貴を理解しようとしてくれているのだと思う。どうすれば良かったのか。わかったところで過去が変えられなくても。
「優人から聞いたわ。やり直したいって」
「過去は変えられない。許されないことをしたというのも分かってます」
あの頃は周りの全てが敵に思えた。
自分の居場所なんてどこにもないと思っていたのだ。
たった一人、自分に家族を作ろうとしていた義姉はただ悪戯に犠牲になったに過ぎない。自分の苦しみも孤独も、誰にも理解はされないと思っていた。
こうなったのはすべて父母のせいだと。
無責任に自分をこの世に生み出したあいつらのせいだと。
憎むことでしか自分の存在を肯定することはできなかった。
だが今は少しだけ違う。
少なくとも、この世に存在している者たちが全員敵だなどとは思っていない。
「きっとね。人は”誰か”を許せないんじゃない。自分自身を許せないから、相手を憎むのだと思うの」
「それは」
「和宏を止めることができなかった自分が許せないのよ。だから連れて行ってしまったあなたを憎むの」
自分を許せない限り、他人を許すことはできない。
あの時こうすればよかった。こうしたら救えたかもしれない。
その後悔があるから自分を許すことができずに、原因となった者を憎む。
もちろん、その相手にも非はあるだろう。だが一番許せないのは自分自身なのだと。
「後悔も同情も幸せから遠ざかるのよ」
彼女は呟くようにそう言ったのだった。
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