2 嚙み合わない兄と弟

文字数 1,567文字

「優人は……それが普通ですよ」
「普通?」
 平田の言葉に和宏は思わず聞き返す。
 あの後、約束の場所へ優人と平田が到着すると妹の佳奈が買い物につき合って欲しいと優人を向かい側の店へ連れ出した。よって喫茶店で平田と二人きり。
 普段の様子を知らない和宏が平田から話を聞く機会を作るために佳奈が気を利かせたのだろう。よくできた妹である。

「俺にしか見せない姿と言えばそうなのかな」
と平田。
「出会って少しして、ちょっと喧嘩したことがあって」
 いつもニコニコして面倒事を避けるのが優人だ。少なくとも和宏はそう感じている。
「佳奈さんから聞いてないですか? 大学入ったばかりの頃はあんなじゃなかった」
 笑顔でやり過ごすのは変わらないが、人と関わることを避けていたようだったと彼は言う。
「大学になると個人行動が多くなるでしょ。講義の選択も自分で決めるものだし」
 それでもある程度仲の良い相手が出来て一緒に行動したりするものだ。

「いろんな人に声をかけられながらも一人でいるから、気になって俺から声をかけたんですよ」
 初めのうちは何事もなく過ごしていたらしいが、いつもニコニコしている割にはつまらなそうな彼を見て平田が意見をしたらしい。
「でも不思議ですよね」
「うん?」
「腹を割って仲良くなれる相手もいれば、それが原因で離れていく相手もいるわけでしょ」
 確かに喧嘩はしたものの、翌日何事もなかったように隣に座る優人に対し平田は『気まずくないのか』と聞いたところ、
『終わったことでしょ?』
と言われたらしい。
「”平田が言いたかったのは、友人である自分の前でまで繕わなくていいってことでしょ”って。それからはあんな感じですよ」
 自分の前ではしたくないことはしないらしい。
 ただそれは怠けたいということではなく、ちゃんと理由があるようだ。

「何故嫌なのか聞けば答えてくれるし。しないことに対して無理強いはしないことにしたんです」
「そうなんだ」
 嫉妬するのがオカシイということは分かる。
 けれども彼が優人にとって自分らしくいられる相手なのだと思うと複雑な心境になった。もし自分とこんな関係になっていなければ。
 こんな想像すべきではない。頭では分かっているのに、そんな想像が脳裏を過り胸が苦しくなった。平田に変に思われないよう笑顔を作ろうとしたところで後ろから突然腕を掴まれる。
「兄さん」
「……ッ」
 びくりと肩を揺らし声の方を斜めに見上げると何故か優人が平田の方を睨みつけていた。
「ちょっと」
 腕を引かれ立ち上がると、佳奈が苦笑いをしこちらを見ている。

「優人」
 店の中から連れ出され、慌てて制止の声を上げれば彼は和宏の腕を掴んだまま立ち止まった。
「何を話していたのか分からないけど」
 彼はそう前置きをし振り返る。真剣な眼差し。
「何を言われたら、そんな顔するの」
「え?」
「傷ついた顔してる。平田のことは信用しているけれど……何か嫌なこと言われた?」
 グイっと腕を引かれ、建物の陰へ連れ込まれると和宏は優人を見上げた。
「いや、平田君は別に」
「ほんとに?」
 ”嘘はダメだよ”と言われ、和宏は頷く。
「俺が変な想像して勝手に悲しくなっただけだから」
「変な想像?」
 改めて聞かれると言葉に詰まってしまう。

 なんと説明するか迷っていると、
「どんな想像なの」
と真面目な声で問われた。
「えっと……ほら、平田君の前では素みたいだから。俺とこうならなかったら……その」
 和宏は彼から視線をそらし、しどろもどろに何とか言葉にするが。
「兄さん」
 呼ばれて再び顔を上げて凍り付く。
「別に兄さんの前で自分を作っているつもりはないけれど、俺が努力するのは兄さんに好かれたいからだよ」
 眉を寄せじっとこちらを見つめ、そう返事をする彼。怒っているだろうか。和宏には彼の声に怒気が含まれているように感じたのだった。
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