1 阿貴の真実
文字数 1,577文字
【Side:義弟 阿貴】
「俺はあんたの愛人になった覚えはない」
阿貴 は男をキッと睨 みつけた。
この男の名は遠江 。先日、優人が向かった会社の社長であり、和宏に無理やり書評を書かせた人物。
「だが君は、僕に泣きついたよね? 父に復讐 する手助けをして欲しいと」
「確かに言ったが、あんたは役不足だった。それだけのこと」
阿貴は腕を組むと重厚なボードに寄りかかり、社長室のデスクに腰かけた遠江を眺めた。
「随分な物言いだねえ」
彼は面白いとでも言うように笑みを浮かべている。
「時に、阿貴」
「なんだ?」
「猫を被るのは和宏の前でだけなのかい?」
デスクの上で片手を握りこむように組み、阿貴を眺める遠江。
「それとも、僕にだけ口が悪いのかな?」
雛本一族や友人の前などでは品の良い良家の坊ちゃんのように振舞う阿貴だが、この男の前ではいつでも素だった。
もっとも、初対面の時は猫を被ってはいたが。
「なんとでも」
「そう」
何が可笑しいのか、彼はとても楽しそうである。
ヤレヤレと言うように肩を竦めると、
「そろそろ本題に入ろうか」
と彼は言った。
「本題?」
「何も嫌味だけを言いにここに来たわけではないだろう?」
呼ばれたから来たと言いたいところだが、実際は拉致されてここに来たのである。
用があるのはそっちの方だろうと言いかけた時、
「雛本優人くんに会ったよ」
と言われ阿貴は固まった。
さらに、
「彼、モテるでしょう。優男が好みなんだねえ」
遠江は間延びした声で阿貴の神経を逆なでしたのである。
阿貴は思わず一歩踏み出し、
「優人に何かしたのか?!」
と声を荒げた。
「やっぱりそうなんだね。でもあの子は、阿貴のことを嫌っているみたいだけれど?」
その言葉には唇を噛みしめる阿貴。
──そんなことは知っている。
あいつの大事な兄貴を連れ出した上に……。
「彼には”まだ”何もしていないよ。彼の大事なものを返してあげただけさ」
「義兄さんを優人に返したのか?」
「それを望んでいたのは阿貴だろう」
義兄、和宏は家族から阿貴を遠ざけるために、この男からの報酬を使いマンションを購入した。
和宏が何よりも大切にしていたものを壊したのは自分。
そこまでして自分を守ろうとしてくれた和宏の心には優人しかいなかった。分かっている、あんなのはただの八つ当たりなことくらい。
「壊したくせに罪悪感か?」
遠江は蔑んだ瞳で阿貴を見やる。
「僕は後悔しているよ。君の策に乗ってしまったことを」
あの時、遠江が書籍の著者である和宏を探していることを知ったのは偶然だった。それを利用し、あの兄弟を引き裂いた。
自分の味方だと思っていた遠江が義兄を特別に思うのが嫌だったのか。
それとも、自分に対して分け隔てなく接してくれる義兄が、本当は弟を守りたくてそうしていることが嫌だったのか。
好いていた相手の眼中に自分がないことが嫌だったのか。
今でも分からないままだ。
「そのせいで、間接的に和宏を傷つけてしまった。償いならいくらでもするつもりだが……あの子は何も求めていないのかも知れないね」
「義兄さんが欲しいのは優人の心だけだから」
そのためなら何でも投げ出してしまうことを知る。
快楽によって全てを消し去ってしまえたならと思ったが、彼はいつでも涙を零しながら唇を噛みしめ、心を殺してその波を迎えていた。
その度、和宏の心が自分に向くことはないのだと思い知る。それでも続けていたのは、憎まれることで許されたいと思っていたからに他ならない。
──一言 『お前なんか嫌いだ』と言ってくれたなら。
この手を放してあげられたのに。
「その優人くんから頼まれごとをしているんだが」
と遠江。
阿貴は俯いていた顔を上げる。
「君に面会したいそうだ」
「優人が……」
「たまには本音でも話してみたらどうかな?」
阿貴はその言葉に小さくため息をついたのだった。
「俺はあんたの愛人になった覚えはない」
この男の名は
「だが君は、僕に泣きついたよね? 父に
「確かに言ったが、あんたは役不足だった。それだけのこと」
阿貴は腕を組むと重厚なボードに寄りかかり、社長室のデスクに腰かけた遠江を眺めた。
「随分な物言いだねえ」
彼は面白いとでも言うように笑みを浮かべている。
「時に、阿貴」
「なんだ?」
「猫を被るのは和宏の前でだけなのかい?」
デスクの上で片手を握りこむように組み、阿貴を眺める遠江。
「それとも、僕にだけ口が悪いのかな?」
雛本一族や友人の前などでは品の良い良家の坊ちゃんのように振舞う阿貴だが、この男の前ではいつでも素だった。
もっとも、初対面の時は猫を被ってはいたが。
「なんとでも」
「そう」
何が可笑しいのか、彼はとても楽しそうである。
ヤレヤレと言うように肩を竦めると、
「そろそろ本題に入ろうか」
と彼は言った。
「本題?」
「何も嫌味だけを言いにここに来たわけではないだろう?」
呼ばれたから来たと言いたいところだが、実際は拉致されてここに来たのである。
用があるのはそっちの方だろうと言いかけた時、
「雛本優人くんに会ったよ」
と言われ阿貴は固まった。
さらに、
「彼、モテるでしょう。優男が好みなんだねえ」
遠江は間延びした声で阿貴の神経を逆なでしたのである。
阿貴は思わず一歩踏み出し、
「優人に何かしたのか?!」
と声を荒げた。
「やっぱりそうなんだね。でもあの子は、阿貴のことを嫌っているみたいだけれど?」
その言葉には唇を噛みしめる阿貴。
──そんなことは知っている。
あいつの大事な兄貴を連れ出した上に……。
「彼には”まだ”何もしていないよ。彼の大事なものを返してあげただけさ」
「義兄さんを優人に返したのか?」
「それを望んでいたのは阿貴だろう」
義兄、和宏は家族から阿貴を遠ざけるために、この男からの報酬を使いマンションを購入した。
和宏が何よりも大切にしていたものを壊したのは自分。
そこまでして自分を守ろうとしてくれた和宏の心には優人しかいなかった。分かっている、あんなのはただの八つ当たりなことくらい。
「壊したくせに罪悪感か?」
遠江は蔑んだ瞳で阿貴を見やる。
「僕は後悔しているよ。君の策に乗ってしまったことを」
あの時、遠江が書籍の著者である和宏を探していることを知ったのは偶然だった。それを利用し、あの兄弟を引き裂いた。
自分の味方だと思っていた遠江が義兄を特別に思うのが嫌だったのか。
それとも、自分に対して分け隔てなく接してくれる義兄が、本当は弟を守りたくてそうしていることが嫌だったのか。
好いていた相手の眼中に自分がないことが嫌だったのか。
今でも分からないままだ。
「そのせいで、間接的に和宏を傷つけてしまった。償いならいくらでもするつもりだが……あの子は何も求めていないのかも知れないね」
「義兄さんが欲しいのは優人の心だけだから」
そのためなら何でも投げ出してしまうことを知る。
快楽によって全てを消し去ってしまえたならと思ったが、彼はいつでも涙を零しながら唇を噛みしめ、心を殺してその波を迎えていた。
その度、和宏の心が自分に向くことはないのだと思い知る。それでも続けていたのは、憎まれることで許されたいと思っていたからに他ならない。
──
この手を放してあげられたのに。
「その優人くんから頼まれごとをしているんだが」
と遠江。
阿貴は俯いていた顔を上げる。
「君に面会したいそうだ」
「優人が……」
「たまには本音でも話してみたらどうかな?」
阿貴はその言葉に小さくため息をついたのだった。
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